第二話 ロイ・ヴァリアントは突然に

 奇跡が起こった。なんと、私の目の前にロイ様が現れたのだ。突然の出来事に私は動揺を隠し切れず、サラの後ろに隠れてしまった。


 「シルヴィア様。突然来てしまい、すみません」

 「いえ、大丈夫です。ところで、今日は何用で?」

 「兄上から聞いていると思いますが、僕がここの情報を漏らしてしまったのです。ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません」


 この辺境の地の情報を漏らしたから謝りに来たのか。別に迷惑なんてかかっていないのに。ロイ様は真面目だな。


 「本当に大丈夫ですよ。迷惑だなんてそんな……」

 「本当に大丈夫なのですか?」

 「少し責められましたが、大丈夫ですよ。お気になさらないでください」


 ロイ様が胸を撫で下ろした。これで大丈夫だろう。


 「良かった。では、僕はこれで」

 「ロイ様」


 呼び止めてしまった。何も考えていないのにどうしよう。

 

 「はい、何でしょう?」

 「今日は泊まりませんか? もう遅いですし」

 「え? 良いのですか?」

 

 無言で頷いた。これでロイ様とお話ができる。だけど、何を話そう。好きだなんてとてもじゃないけど言えない。


 「構いませんよ。さあ、居間へ」

 「では、失礼致します」


 ロイ様を居間にお通しした。

 取り敢えず、冷えたお茶を用意しよう。お話するのはそれからだ。


 「ロイ様、冷たいお茶でよろしいですか?」

 「はい」


 ヤバい。手足が震えている。こんなに緊張したのは生まれて初めてだ。


 「どうぞ」

 「ありがとう御座います」


 手足が震えているのが丸分かりだ。ロイ様が怪訝そうな顔をしている。どうしよう。心臓の鼓動が激しくなっていく。


 「シルヴィア様、どうかなさいましたか?」

 「え? いや、何でもないです」

 「何でもないように見えませんが、僕に何か言いたいことがありますか?」


 ええい、思い切って言ってしまおう。


 「ロイ様は誰か好きな人がいますか?」

 「好きな人ですか? いますよ。目の前に」

 「そうですか。目の前に……。えっ!?」

 

 ロイ様が私を見つめながら微笑んでいる。これは告白のチャンス!


 「ロイ様。実は私、ロイ様のことが……」

 「僕もです。シルヴィア様」


 サラの前に出た。これで私はロイ様と……。


 「でも、父上がまだ認めてくれません。何故か分かりますか?」

 「それは私が力のことを秘密にしているからですか?」

 「そうではないです。兄上がシルヴィア様と復縁したいと言っているからです」


 クリフォード様のせいなのか。ベネディクト国王陛下に何を言ったんだろう。復縁なんかできないのに。


 「そうですか。でも、私はロイ様のことが好きですよ」

 「僕もです」


 これで相思相愛だということが分かった。あとは、ベネディクト国王陛下にそのことを伝えるだけ。

 さて、どうやって伝えよう。手紙でも書こうかな。


 「ロイ様、お初にお目にかかります。私、白薔薇騎士団の団長をしております、スレナ・アヴァルロストと申します」

 「ロイ・ヴァリアントです。よろしく」

 「本日の夕食なのですが、何か食べたい物はありますか?」

 「君が作るの? そうだな……」


 スレナがロイ様に夕食のリクエストを聞いている。私は咄嗟に手を挙げた。


 「シルヴィア様、何かありますか?」

 「そう言えば、牛肉がたくさんあるわよね。牛丼はどう?」

 「牛丼? どんな料理ですか?」

 「玉ねぎと牛肉を調味料で味付けした料理よ」

 

 スレナが頭を傾けている。

 そうだよね。知るわけがないよね。よし、私が作ろう。


 「スレナ。私が作ってもいい?」

 「構いませんが、何かお手伝いすることはありますか?」

 「ご飯を炊いてくれると助かるわ」

 「分かりました。では、お米を研いで炊きますね」


 我が家には炊飯器がある。お米を研いで適量の水を入れれば簡単に炊ける。本当に便利だ。


 「創造の力を使うわ」


 創造の力で調味料を揃えた。それは、醤油、みりん、酒、しょうが、顆粒だし。あと砂糖はあるものを使用する。


 「水と調味料を鍋に入れて、と」


 ガスコンロに火を点けた。あとは玉ねぎをくし形に切って鍋に入れる。


 「シルヴィア様、大丈夫ですか?」

 「大丈夫よ。心配しなくていいわ」


 鍋に玉ねぎを入れて煮込む。牛肉は玉ねぎが煮えたら入れて、灰汁が出たら取り除く。そして、十五分程煮込んで完成。なんだけど、ご飯が炊ける前に完成しそうだ。


 「だいぶ味が染みてきたわね。美味しそうだわ」

 

 味見してみた。

 結構甘いな。でも、甘ったるいわけではない。ちょうど良い塩梅あんばいだ。これならロイ様も喜んでくれる筈。


 「できたかな。あとはご飯が炊けるのを待つだけね」

 「ご飯はどれくらいで炊けますか?」

 「一刻待ってください。それまでお話しましょうか」

 「そうですね」


 ガスコンロの火を止めて、ロイ様の前に座る。

 こう改めて見ると、ロイ様って格好良い。クリフォード様と似ているところはあるけど、好青年なのがまた良い。それに全然嫌な感じがしない。お近付きになれて本当に良かった。


 「ロイ様、クリフォード様には何を話したのですか?」

 「ここにある電化製品と呼ばれている道具のことを話してしまったのです。そうしたら……」

 「そうしたら?」

 「『何で辺境の地でしか使えないんだ!』とか、『誰が作っている?』と尋問されまして」

 

 なるほど、電化製品のことを話してしまったんだ。でも、ロイ様は教えたことしか話していない。それに辺境の地でしか使えないのは事実だ。使いたければ用水路を作るしかない。そんな膨大な工事費、誰が出すんだ。グランヴェル公爵家は絶対出さない。

 

 「確かに現時点ではこの辺境の地でしか使えません。ですが、王都まで用水路を作れば可能かと」

 「そんな大工事できるわけがない。無理だ」

 「だから、以前も仰った通り、この辺境の地でしか使えないのです」


 ロイ様も納得している。だけど、ひとつ忘れている。


 「ロイ様、この辺境の地を栄えさせることができたら可能かもしれませんよ」

 「この辺境の地を栄えさせる……。その手があったか」

 「でも、木を伐採して空き地を作らないといけません」

 「そうか。やっぱり無理だ」


 良いアイディアだと思ったけど、やっぱり無理か。これは諦めるしかない。


 「シルヴィア様、兄上に一度説明していただけますか?」

 「構いませんよ。手紙で説明してもよろしいですか?」

 「手紙でも構いません。よろしくお願い致します」


 ご飯が炊けるまでまだ時間がある。クリフォード様に手紙を書こう。


 「ロイ様。お帰りの際、手紙を持って帰っていただけますか?」

 「分かりました。持ち帰って兄上にお渡しします」


 私は、クリフォード様に電化製品のこと、辺境の地でしか使えない理由や現状を書き、手紙に封をしてロイ様にお渡しした。


 

 

 

 

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