第2話 脳内上映会

〈スカイブリッジ〉――60:00:00


 ゼロ区西端のガラス桁橋は海抜二百メートル。ガラス床のはるか下で、車灯とドローンの尾光が光学ノイズのように交差している。九条イツキは針間コウイチを先導し、斉賀リョウを後衛に従えて検査ゲートへ進んだ。


 警備ドローンが無機質な女声を流す。

「虹彩・DNA・義体改変チェック開始。規定外は即時排除」


 イツキは左眼インプラントの偽装虹彩を解除。グリーンランプが灯り、タイマーが 59:48 へ転じる。ゲートは静かに開いた。


〈視覚共有ラボ〉――57:00:00


 無響の黒室。天井から垂れる光ファイバーが淡く鼓動し、空気を液体のように揺らす。楕円シートの中央でイツキと針間が向かい合った。こめかみにニューロジャックが刺さり、斉賀は壁際でライフルケースを抱えて沈黙する。


 銀白の閃光。視界は屋上へ切り替わった。凍える風、ライフルの重量、呼吸ゼロのHUD。二十八メートル先に立つ針間——赤ドット、引き金、飛沫。


 イツキはセッションを強制遮断し、クロムへコマンドを送る。


《視点主ID:不明/外部カメラ》


「射手の目だ」


 針間の顔から血の気が引く。斉賀の瞳がわずかに揺れた。


〈検査ブロック〉――54:00:00


 一次共有後の生体影響テストに二時間半。冷たい試薬と蛍光灯の下で、針間は白衣の技師に腕を差し出し続けた。


 通路へ戻ると照明が薄紅へ揺らぎ、壁時計が一秒だけ逆回転する。タイムクエイクのフェーズ・ドリフトだ。


「ネオセル治験患者二十名、同秒でバイタル乱高下」クロムが低音で告げた。


「波が広がり始めた」イツキは歩を速める。


〈高速カプセル〉――51:00:00


 エレベータが十七階を通過した瞬間、車内が白光で飽和した。照明が戻ると、斉賀の姿がなく、黒いスナイパーバッグだけが落ちている。


 非常停止。キャビンは十四・五階で凍った。


《局所フェーズ排除》クロムの警告。


 バッグのホロカードが再生される。

『三十五時間後、同じ屋上で弾道を見ろ。生存角、一六度』


 針間は呻き、イツキは脳内で角度と風速を弾いた。「狙撃手を追う」


〈建設タワー最上層〉――48:00:00


 港湾ドックからホバーボートで十二分。未完成タワー〈ハイドランジア〉の鉄骨は月光と海霧を受けて軋む。


 斉賀リョウがライフルを清掃し終え、銃身へ薄油を引いていた。イツキと針間が鉄骨を踏む音に、斉賀は視線だけを寄越す。


「撃つなら早い方がいい」


「撃たない。角度を測らせろ」イツキはホロカードを掲げた。「一六度——お前の指定だ」


「社長を生かしたまま“死体”をこしらえる角度だ。世界が欲しいのは映像だけ」


 イツキは南面ガラスビルを指す。

「跳弾で胸を掠める。外観は即死、致命傷は避けられる」


 クロムが弾道シミュレーションを投射。成功率七四%。


「四分の一は死ぬ」針間が微笑した。「治験より高い成功率だ」


 月が雲に隠れ、ゼロ区のネオンが一瞬ブラックアウトし、すぐ再点灯する。時間震の鼓動だ。


 残り四十八時間。舞台は整った。


――48:00:00

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