第3話 株価は血を欲す

〈建設タワー最上層〉――48:00:00


 月が雲へ隠れ、骨組みの鋼材が低くきしんだ。九条イツキはクロムが投射した弾道シミュレーションを瞬きもせず凝視している。


 跳弾角は一六度。計算上は胸を掠めて止まる角度だが、空気密度や風速の変化ひとつで致命傷に転ぶ。


「撮影者のポジションを決めよう」


 イツキの問いに斉賀リョウがライフルを抱え直した。「映像は俺のカメラで担保する。ただし“死亡確認”を世界へ流してくれる舞台が必要だ」


 針間コウイチはネオセル社のロゴが刻まれた端末を掲げる。「株主総会用ストリームを使える。私の死は全世界へ同時通訳される」


〈ドック移動艇〉――46:30:00


 ナノカーボン艇がV字波を描き、港湾の霧を切った。クロムはリアルタイム株価を映し、ネオセル株が前日比+二一%で跳ねている。


「噂だけでこれか」イツキがつぶやく。


「市場は血を欲する」針間は指を組み、眼鏡の奥で瞳を細めた。「確定死が出れば跳ね上がる。その金で臨床を続ける」


「騙し切らねば世界が歪む」斉賀の低い声が艇壁に響く。


〈ネオセル本社ロビー〉――45:00:00


 白磁タイルがライトを反射し、タイムクエイクの微振動で影が揺れた。受付AIの声はコンマ三秒遅れて二重に響く。


「副社長・綿貫アオイと面談」針間が社長権限IDを提示。AIは遅延のまま承認し、エレベータを解錠した。


〈CEO室〉――44:45:00


 窓のホログラムに株価チャートが漂う。+三七%。イツキが綿貫の名を呼ぶと、壁面スクリーンでシグナス製薬の重役との通話ログが自動再生された。


 綿貫アオイ〈資本注入は社長死亡の速報が条件〉


 斉賀の手がケースへ伸びる。イツキは首を振った。「銃より証拠だ」


〈緊急役員会議〉――43:30:00


 クロム経由で役員回線を乗っ取り、臨時会議を強制招集。綿貫がホログラム席に映った。イツキは資金フローのスライドを提示する。


「シグナス口座へ五・四億ユーロ。内部情報で株価を操作した疑いがある」


 綿貫は肩をすくめた。「社長の死は既定路線。私は会社を救うだけ」


「時間震は劇を赦さない」イツキの声が冷えた。「あなたの“保険”が歪みを拡大させている」


 役員たちが騒然とする中、針間は目を閉じて拳を固めた。


〈株価急騰速報〉――42:15:00


 屋外ビジョンがストップ高を報じ、同時に画面が砂嵐へ崩れた。街路灯が全域で一瞬ブラックアウトし、直後に眩い光で復旧。タイムクエイクの振幅が見える形になった。


「限界は近い」クロムがアラートを鳴らす。


「試射で角度を詰める」イツキは斉賀へ目配せした。


「観測手は任せる」斉賀が応じ、リロードレバーを引いた。


〈試射デッキ〉――40:30:00


 ビル屋上に即席の射場を設営。ガラスターゲットへ向け斉賀が弾を送り、クロムがレーザー測距で偏差を計算する。


「弾着、胸ポケット想定位置。偏差〇・一九」


「あと〇・一で本番だ」イツキは汗を拭い、夜空に薄雲が迫るのを気にした。


〈ハイドランジア屋上〉――36:05:00


 風は凪ぎ、月は雲を離れた。イツキは南面ガラスビルへ赤線を投射し、跳弾ポイントを固定する。


 針間は胸に血糊パックを仕込み、防弾プレートの装着を確認した。「数字どおりに撃つ」


「映像が真なら世界は従う」イツキは斉賀の肩越しに息を合わせた。


 斉賀が呼吸を止め、引き金へ指を掛ける。


――36:00:00

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