第32話

 見張り台の上からノシュが大声で叫んだ。


 


 「トウガ! 動いてる、こっちに向かってきてる!」


 


 「どれくらいの距離だ!」


 


 「たぶん……あと百歩くらいだ!」


 


 俺は息を整えながら、広場の中央に立った。


 


 「全員、チセに入れ! 子どもたちを守れ!」


 


 ユイとリラが、チセの入口で子どもたちを招き入れている。


 


 「早く! こっち!」


 


 「走れ、雪に足を取られるな!」


 


 俺は最後まで外に残り、周囲を見張った。


 


 風が吹き荒れる中、ぼんやりと影が近づいてくる。


 


 あれは──あの三本足の異形だ。


 


 腰の《イカル・ケラ》を強く握った。


 


 「……もう、試すつもりはないか」


 


 リラが駆け戻ってきた。


 


 「トウガ、あたしも残る!」


 


 「駄目だ、チセに戻れ!」


 


 「嫌だ、あたしも、ここを守る!」


 


 リラの目は真剣だった。


 


 「……わかった。だが、俺の合図で動け」


 


 「うん!」


 


 ノシュが見張り台から降りてきた。


 


 「オレも戦う!」


 


 「ユイは?」


 


 「子どもたちと一緒にチセに!」


 


 頷いた。


 


 「よし、ここで迎え撃つ!」


 


 影が、さらに近づく。


 


 見える。


 大きな身体、異様に長い腕、地面を滑るような動き。


 


 俺は叫んだ。


 


 「ホイサー! ホイサー! ここは命を繋ぐ地だ!」


 


 風が鳴る。


 


 影は止まらない。


 


 「……届かないか」


 


 リラが震える声で尋ねた。


 


 「戦うの?」


 


 「そのつもりだ」


 


 ノシュが剣を構える。


 


 「やるぞ、トウガ!」


 


 「ああ!」


 


 影が跳ねた。


 


 瞬間、俺は雪を蹴った。


 


 《イカル・ケラ》を抜き放ち、正面から斬りかかる。


 


 だが、奴の動きは予想以上に速かった。


 


 ひらりとかわし、こちらを見下ろす。


 


 「なんだ……こいつ」


 


 リラが息を呑んだ。


 


 近くで見ると、あまりにも異様だった。


 人の形をしているが、どこか、すべてが歪んでいる。


 


 「構うな! 一気に叩く!」


 


 ノシュと並び、俺は突撃する。


 


 斬りつけた。


 


 手応えは──ない。


 


 影が霧のようにすり抜け、背後に回り込んだ。


 


 「トウガ、後ろ!」


 


 リラの叫びと同時に、俺は飛び退った。


 


 辛うじて、奴の腕を避ける。


 


 「実体が……ない?」


 


 ノシュが困惑する。


 


 「いや、ある。ただ、普通じゃないだけだ!」


 


 俺は再び声を放った。


 


 「ホイサー……聞け、命の地の声を!」


 


 影がわずかに動きを鈍らせた。


 


 今だ。


 


 俺は踏み込み、《イカル・ケラ》を振り下ろす。


 


 刃が、影を裂いた。


 


 雪が舞った。


 


 影が、後退った。


 


 「効いてる!」


 


 ノシュが叫んだ。


 


 「リラ、支援の唄を!」


 


 「わかった!」


 


 リラが、震える声で唄い出す。


 


 「ホイサー……ホイサー……」


 


 声が、風に乗る。


 


 影が、さらに後退った。


 


 俺たちは、確かに押していた。


 


 「このまま、押し返すぞ!」


 


 「うん!」


 


 「了解!」


 


 俺たちは声を合わせ、影に迫る。

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