第15話

 ギルドの空気がざわめきに満ちる中、ゴルダンは座り直した。


 


 「なるほどな。確かに、今のお前はただの雑魚ではない。“精霊と語る者”──そんなものが本当に存在するとは思ってもみなかった。だが、それでどうしようというのだ?」


 


 俺はゆっくりと前に歩き出した。


 足音が石床に響き、空気を割るように重くなる。


 


 「俺がここに来たのは、力を見せつけるためじゃない」


 


 俺の言葉に、誰もが息を飲んだ。


 


 「──仲間を探すためだ」


 


 ざわりと周囲が動く。


 興奮を含んだ視線が、俺に向けられる。


 


 「トゥカ・ノ・モシリは、精霊と共にある村だ。吹雪の中でも祈りは届く。声ひとつで水を得られ、火を守れる。──俺たちはそこで、生きている。そして、これから生きていく者を、求めている」


 


 まるで、火が灯るように視線が熱を持ち始めた。


 冒険者、流れ者、腕試しをしたい若者、居場所を失った老人。


 このギルドには、行き場を探している者が山ほどいる。


 彼らにとって、俺の言葉は──“希望”に聞こえたはずだ。


 


 「お前たちが“役立たず”と切り捨てた力が、いま“村”を支えてる」


 「お前たちが見捨てた雪の大地に、春を呼ぼうとしてる」


 


 俺は言葉を止めず、確かに、強く、まっすぐに告げる。


 


 「だからもう一度、俺はここで声を上げる」


 


 「仲間が欲しい。共に村を創る者、力を貸してくれる者、そして……言葉を信じてくれる者」


 


 その瞬間、誰かが一歩、前に出た。


 若い冒険者だった。


 まだ少年と呼んでもおかしくない顔つきの男が、震える手で胸を叩いた。


 


 「……俺、行きたい! 雪の村って、本当に精霊と話せるのか? 本当に、祈りで火が灯るのか?」


 


 「やってみれば分かるさ。──信じるなら、すぐにだって見せてやる」


 


 俺の言葉に、少年の目が光った。


 


 そのあとを追うように、二人、三人と前に出てくる者が現れた。


 


 「治癒の術が使えないってだけで追い出された。だけど、雪山の薬草なら知ってる」


 「戦えねぇが、鍋を任せてくれりゃ誰にも負けねぇぞ」


 「子どもを連れてってもいいか? 寒さに強いやつなんだ。俺よりもよっぽど根性ある」


 


 語り手の声が──人を動かした。


 剣でもなく、金でもなく、名誉でもなく。


 ただ、“語られた言葉”が、人を動かしている。


 


 俺は、それを見て、ようやく確信した。


 


 ──これが俺の力だ。


 


 声に出して語ること。


 言葉に祈りを込めること。


 その全てが、“世界を変える”武器になっている。


 


 ゴルダンが立ち上がった。


 


 「……皮肉なものだな。俺がお前を追放したとき、ただの“無力”と思っていた。だが、今のお前は……確かに、何かを“導く者”になっている」


 


 「もう遅い。俺はお前らの許可も評価もいらねぇ。精霊が、もう認めてくれてる」


 


 ギルドを後にする。


 数人の志願者たちが後に続き、街の外へと集まり始める。


 


 新しい旅団──《トゥカ・ノ・モシリの開拓者たち》。


 


 かつて追放された者が率いる、“声”の旅団だ。


 出発は、その翌朝だった。


 


 街の東門に集まったのは、思っていた以上の人数だった。


 俺が語った“精霊と共に生きる村”──《トゥカ・ノ・モシリ》に興味を持ち、希望を託し、あるいはただ居場所を求めて集まった者たち。


 若い冒険者、腕を負傷し引退した元戦士、鍛冶職人の娘、旅芸人、孤児の少年。


 


 どれも、ギルドでは“使えない”と判断された者たち。


 だが、そんな彼らが今、寒風の中で胸を張って立っていた。


 


 その姿を見て、俺は心の奥で何かが音を立ててほどけていくのを感じた。


 


 「……よう集まったな。名乗れとは言わねぇ。今はただ、一つだけ問わせてくれ」


 


 俺は前に出て、全員を見回す。


 真剣な目、少し怯えた目、何かを探しているような目。


 


 「雪の地で、生きたいか?」


 


 全員が頷いた。


 言葉はいらなかった。


 


 「よし。じゃあ俺が、案内する。風が通じる道を、精霊が通した道を、《語り手》の言葉で導く」


 


 その瞬間、空に風が巻いた。


 誰かが驚いて空を見上げると、淡い光の帯がひとすじ、門の外へと伸びていた。


 


 それは、確かに“道しるべ”だった。


 


 「とうが……これが、“声”の導き……?」


 


 震えるように呟いたのは、鍛冶職人の娘だった。


 俺は小さく頷いた。


 


 「精霊は気まぐれだ。でも、信じて話しかければ、ちゃんと応えてくれる」


 


 出発の合図は、俺の一声だった。


 


 「──ホイサー」


 


 その一言で、雪が道を開き、風が背を押す。


 誰かが思わず歓声を上げた。


 


 こうして、俺たちは歩き出した。


 ただの追放者だった俺が、ただの居場所を失った者たちを率いて。


 目指すは、雪と精霊に守られた地、《トゥカ・ノ・モシリ》。


 


 途中、吹雪に出会った。


 足元が崩れ、ひとりが転んだ。


 けれど誰も責めず、誰も諦めず、誰かが手を差し出した。


 その姿を見て、俺は確信した。


 


 ──ああ、これが“始まり”なんだ。


 


 ただの村じゃない。


 これは、世界に言葉を届ける“拠点”になる。


 


 夜、焚き火を囲んで食事を取り、俺は《オイナ》を一つ語った。


 


 「風の子が、氷の母に唄を捧げ、春を喚んだという──」


 


 誰もが耳を傾けた。


 物語を聞き、風を感じ、そして火が揺れた。


 


 “語り”は、生きていた。


 言葉の力は、間違いなく人の心を動かしていた。


 


 こうして、一行は、確かな団結を得て進んでいく。


 


 かつて捨てられた雪の地が、いま再び“故郷”として立ち上がろうとしている。


 


 その中心に立つのは──俺。


 語り手、トウガ。


 


 この声が続く限り、この旅は止まらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る