第16話
──俺たちは、戻ってきた。
吹雪の向こうに見えた木の鳥居。それはたしかに《トゥカ・ノ・モシリ》の門だった。雪に沈んだ山道を越え、精霊に導かれ、仲間を連れて、ようやく帰り着いた。
旅の始まりでは俺一人だった道に、今は十を超える足跡が並んでいる。肩を並べて歩く者たち、焚き火を囲んで笑う者たち──たった数日前まで知らなかった顔が、今は“俺の村”に帰ってきた家族みたいに思える。
「ここが……」
誰かが呟いた。たしか、最初に名乗りを上げた少年だった。年の割に背が高くて、雪に慣れていないくせに一番先を歩こうとする、変なやつ。だけど、今はもう立派な《開拓者》のひとりだ。
「《トゥカ・ノ・モシリ》──語り手の村だ」
俺がそう言うと、皆の顔が引き締まった。ここが始まりの地であり、これからの命を重ねる場所。声が通じ、祈りが届き、精霊が息づく、この雪と氷に抱かれた大地。
門をくぐると、リラがいた。
俺たちが帰ってくる方角を、わかっていたかのように、焚き火のそばで待っていた。風に揺れる髪、あのときと変わらぬ三つ編み。小さな鍋が火にかけられていて、干し魚と根菜の香りがふわりと鼻をくすぐった。
「おかえり、とうが」
「ただいま。……迎えに来たぞ。仲間も連れてな」
リラの瞳がわずかに潤んで、すぐに笑みへと変わった。その顔を見て、俺の胸の奥のどこかが、じんわりと熱くなった。
ああ、帰ってきたんだ。俺の村に。
「──こっからが本番だ」
声に出したその言葉が、焚き火の上で小さく弾けた。
集まった仲間たちに、俺は振り返った。皆、疲れてはいるが、その目は生きていた。雪の中を歩き、風にさらされ、俺の声に導かれてここまで来た。口では言わずとも、そいつらの目が物語ってる。
“信じていいのか、ここで生きていけるのか”
俺はその問いに、声で応える。
「リラ。準備、できてるか?」
「うん。チセの一部を片づけて、皆が休めるようにしてある。それと、鍛冶場も火は入る。すぐに道具の修繕もできるよ」
頼もしい言葉に、俺は頷く。
「じゃあ──はじめよう。俺たちの村を、ここから作るんだ」
リラが焚き火にもうひとつ薪をくべた。ぱち、と音がして、火が勢いよく燃え上がる。
その炎を囲んで、皆が座る。足元にはまだ雪が残ってるけど、どこか温かい空気がそこにあった。
まずはひとつずつだ。
チセを増やす。
雪をどかし、道をつくる。
小川の氷を砕き、水を得る。
食料を確保し、炉に火を灯す。
精霊の祠を再建し、《オイナ》を皆に伝える。
やることは山ほどある。
でも不思議と、気が遠くなるような感じはしなかった。
ひとつひとつ、俺の声で進めていけばいい。
“語り手”の村なんだから、言葉で道を開けばいい。
「とうが、これ……渡しとくね」
リラが手渡してきたのは、布にくるまれた小さな木札だった。開いてみると、そこには俺の名前が刻まれていた。
──トウガ・語り手・《トゥカ・ノ・モシリの主》
「え……これ、作ったのか?」
「うん。……皆、あんたのこと、どう呼べばいいか迷うだろうし」
リラの声に、少し照れが混じってた。俺もつられて鼻をかいたふりをして誤魔化す。
「主、ねぇ……偉そうすぎる気もするが」
「じゃあ、いらない?」
「……いや、大事にする」
火の光で照らされた木札は、温もりとともに、責任の重みも伝えてきた。
俺が、ここを守るんだ。
この村を、言葉で、精霊で、人の力で、生き返らせる。
雪は止んでいた。
星の光が氷に反射して、村全体が薄く青白く輝いていた。
俺はその光の中、深く息を吐いて、心の中でひとつ祈った。
──ここに、春を呼ぶ。
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