第14話

 コルノスの街は、かつてと同じ姿を保っていた。


 


 灰色の石造りの建物、すり減った石畳、壁にかけられた古い旗印。空はどんよりとして、雪は細かく降り続けていたが、人の気配は確かにあった。


 


 行き交う人々の服装、言葉の抑揚、商人たちの呼び声──すべてが懐かしく、そしてどこか遠いものに感じられる。


 俺はその中を、堂々と歩いた。


 かつてなら、目を逸らし、下を向き、気配を消すように通っていた街路。


 だが今の俺は違う。


 肩には風を切る語り手の剣。


 腰には祈り布。


 そして、背には《トゥカ・ノ・モシリ》という村の誇りを背負っている。


 


 目指すは一つ──《カリワタ・ギルド》支部。


 この街の中央、広場の向こうに構える大きな建物だ。


 


 門を越えてすぐ、受付に立つ見覚えのある女が、ぎょっと目を見開いた。


 


 「……うそ、アンタ……」


 


 俺は黙って祈り布を差し出す。


 


 「俺は“語り手”。《トゥカ・ノ・モシリ》より来た。話がある。責任者を呼べ」


 


 その響きに、空気が凍った。


 ざわめきが広がる。


 受付の女は、一瞬だけためらいを見せたが、すぐに誰かを呼びに走った。


 


 数分後、階段を踏みしめて現れたのは、俺を追放した元ギルド長──ゴルダンだった。


 


 「……まさか生きていたとはな。とうが、お前……いや、今は何と名乗っている?」


 


 「“語り手”と呼ばれてる」


 


 短く答えると、男はふっと鼻で笑った。


 


 「まるで昔話の登場人物だ。だが、そう名乗ってここに来た以上……何か理由があるのだろう?」


 


 「簡単な話だ。追い出された俺は、雪と氷の地で精霊に声を届け、村を興した。今そこには、言葉で精霊を動かせる語り手がいて、力を持っている。──その力を、今、お前たちに示しに来た」


 


 ゴルダンの眉が動いた。


 


 「“力”だと? ならば見せてみろ。その力とやらを」


 


 俺はゆっくりと《イカル・ケラ》を抜く。


 刃が光り、空気が鳴る。


 そして、一言。


 


 「──ホイサー」


 


 その声とともに、刃先から風が走った。


 部屋の中心に据えられていた金属製の燭台が、音もなく切り裂かれ、真っ二つに崩れた。


 その場にいた全員が息を呑む。


 


 俺は剣を戻し、ゴルダンに言った。


 


 「これが、俺の声の力だ。精霊が応える声。言葉が世界を変える力。そしてこれは、俺だけのものじゃない。《トゥカ・ノ・モシリ》には、これを受け継げる者がいる。──だから、俺はここに来た。村を認めさせるために」


 


 しばしの沈黙の後、ゴルダンが低く笑った。


 


 「なるほど。確かに力は本物のようだ。だが、それがどうした。お前は村を興したと言ったが、それはただの吹雪の果ての話にすぎん。俺たちは“世界”を見ている」


 


 俺は首を横に振った。


 


 「だから“世界”を変えに来たんだ。お前たちが見てないものを、俺が見せてやる」


 


 周囲の視線が集まる。


 誰もが耳をそばだて、俺の言葉を聞こうとしている。


 


 「語り手の村は、精霊と共にある。祈りが届く。火も水も風も、言葉ひとつで味方にできる。魔法とは違う。これは、“繋がり”の力だ。お前たちが見捨てたその先で、人は生きられるってことを証明してやる」


 


 その瞬間、受付のほうからひとりの男が叫んだ。


 


 「おい、そいつの話、本当なのか!? 精霊が動くってのは──魔力よりすごいことじゃねえか……!」


 


 ギルドの空気が変わる。


 かつて俺を笑っていた者たちの視線が、驚きと、戸惑いと、欲望とに変わっていく。


 


 ──いいぞ、それでいい。


 ここからが本番だ。


 “語り手”の力を、世界に知らしめる。


 


 “追放された者”が、“声”ひとつで世界を覆す物語の、始まりだ。

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