第12話

 夜が明けた頃、俺は立ち上がった。


 炉の火はまだ赤く、チセの中には昨夜の残り香が残っている。リラは毛皮に包まれて眠っていた。彼女の寝顔を一瞥し、そっと外へ出る。


 


 雪は止んでいた。


 空は鈍い灰色だったが、地平線の端にわずかに青が差していた。


 


 俺は腰に《イカル・ケラ》を差し、肩には雪用のマントを掛ける。


 左手には小さな袋──リラが用意してくれた保存食と乾燥薬草、それと祈り布が入っている。


 それを確かめ、深く息を吐いた。


 


 「さて……行くか」


 


 目指すのは、王都でもなければ、ただの街でもない。


 《カリワタ・ギルド》──かつて俺が所属していた、中央諸領にまで影響を持つ大規模な狩人組合の一つ。


 


 あの場所で、俺は“いらない者”として処理された。


 スキルも才能もなく、魔法も使えない、“異質な者”。


 声が精霊に通じるなど、誰一人として信じてくれなかった。


 笑われ、足を引かれ、追われた。


 


 でも今は──違う。


 


 俺は語り手として、精霊と契約し、村を興し、剣を手にした。


 


 雪原の向こうにある“世界”に、もう一度俺の《声》を聞かせに行く。


 捨てられた言葉を、今度は“力”として届けに行く。


 


 「とうが!」


 


 その声に振り向くと、リラが走ってきていた。


 まだ眠そうな目を擦りながら、毛皮を羽織って足元は雪に埋まりながら。


 


 「行くって、言わなかったじゃん……!」


 「言ったら、お前止めるだろ」


 「……止めないよ。ただ、見送りたかっただけ」


 


 リラは少し怒った顔をしながらも、俺の前に立つと、小さな袋を差し出した。


 


 「これ、追加で干した肉。あと、蜂蜜を乾かしたやつ。疲れたとき舐めて」


 「ありがとな」


 


 それだけで、心が少し軽くなる。


 旅は始まったばかり。


 けれど、帰る場所があるだけで、人はどこまでも歩ける。


 


 「帰ってきたら……何か欲しいものあるか?」


 


 そう尋ねると、リラは少しだけ考えてから、ぽつりと答えた。


 


 「うーん……“人”。一人じゃなくて、二人、三人……できれば、十人以上」


 


 俺は吹き出した。


 


 「分かった。じゃあ百人連れてくる」


 「え、それ多くない?」


 「遠慮はしねぇ主義なんでな」


 


 笑い合ったあと、リラは少し真顔になった。


 


 「とうが。……あたし、信じてるよ」


 


 その言葉は、風のように優しく、そして確かに俺の背中を押した。


 


 「行ってこい、“語り手”。あんたの声で、この世界を変えて」


 


 俺は頷き、雪を踏みしめて歩き出す。


 


 《トゥカ・ノ・モシリ》の門を越え、風の吹く原野へ。


 この大地が繋がる、もう一つの世界へ──俺の《声》を届けるために。

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