第11話

 それから三日後の朝。


 


 俺とリラは、ついに《トゥカ・ノ・モシリ》の最初の“門”を立てることになった。


 


 門といっても、たいそうなものじゃない。朽ちかけていた古い鳥居のような木枠を、村の入り口に建て直し、そこに“祈り布”を結わえるだけ。


 けれどそれは、この地に“再び人が住む”という意思表示だった。


 精霊に対しても、この地を通る旅人に対しても、そしてなにより──


 かつてこの村で暮らし、今はもう戻らぬ者たちへの、誓いでもあった。


 


 「とうが、お願い。名前を、唱えて」


 


 リラが、白い布を俺に手渡した。


 手のひらほどの大きさに、赤土と灰を混ぜた染料で文様が描かれている。中央には小さく、俺が選んだ名。


 ──《トゥカ・ノ・モシリ》


 


 俺は鳥居の中央に布を掲げ、低く声を重ねた。


 


 「ホイサー……ホイサー……トゥカ・ノ・モシリ、帰る者の地……」


 


 布が、風にたなびく。


 その瞬間、雪の上をぴたりと何かが滑った。


 ふと見ると、小さな足跡がふたつ、鳥居の前に並んでいた。


 


 「コロポだ」


 


 リラが微笑む。


 雪玉のような小さな精霊が、手を振るようにこちらを見上げていた。


 


 『できたねー! おめでとうー!』


 


 「ありがとうな、お前も。ずっとそばにいてくれたな」


 『うんー、でも、これからはもっとにぎやかになるよー!』


 


 にぎやかに、か。


 


 俺は、あのときのことを思い出していた。


 


 ──王都で、蔑まれた日々。


 パーティに見限られ、スキルも役に立たず、何をやっても嘲られた。


 誰にも認められなかった。


 でも──


 


 「リラ」


 「うん?」


 「ここでなら、誰かの役に立てる気がする」


 


 それはただの感傷じゃなかった。


 言葉が通じる世界で、声が力になる場所で──俺の存在は、確かに意味を持っている。


 


 リラがふわっと笑った。


 「とうががいてくれて、本当に良かった。……ありがとう」


 


 その声に、俺の胸の奥が、ふっと温かくなった。


 俺は、生きている。


 そして、誰かに“ありがとう”と言われる存在でいられる。


 


 そのことが、なによりも嬉しかった。


 


 * * *


 


 その夜。


 


 チセの炉に薪をくべ、魚と干し肉の鍋を煮込みながら、リラと向き合って座った。


 


 「なあ、リラ。そろそろ、次の準備もしねぇとな」


 「次?」


 「人を呼ぶ準備だよ。村の外に出て、誰かを連れてくる」


 


 リラは少し驚いた顔をしたあと頷いた。


 


 「そうだね……。でも、簡単にはいかないよ。外の人たち、この地を“死地”だと思ってる」


 「分かってる。でも、俺には“声”がある。精霊も応えてくれる。それなら、届けられるはずだ」


 


 俺は立ち上がり、炉の火を見つめた。


 


 「まずは、ギルドだな」


 


 リラが、はっと顔を上げる。


 


 「まさか……戻るの?」


 「いや、乗り込むんだよ。あいつら、俺を“いらない”って言った。なら、その言葉、返しに行かねぇと」


 


 この地で力を得た。


 精霊の声を聴き、祈りを術に変え、剣を持った。


 


 そして──村を興した。


 ならば、次にやるべきは決まっている。


 


 「語り手の力、見せてやる。言葉がどれだけの力を持つか……世界に、知らせてやるよ」


 


 その夜、外の雪が降り始めた。


 


 けれど、それはもう“厳しさ”ではなかった。


 俺にとっては、“旅立ちを祝う白”だった。


 


 新しい物語の幕開けを告げる──祝福の雪だった。

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