第28話

 俺とジャトゥラン将軍の剣がぶつかるたび、塔の内部に火花が散った。

 ただの戦闘ではない。これは意志と意志の衝突だった。


 将軍の剣から放たれる瘴気はまるで呪詛のように絡みつき、触れるものすべてを腐蝕させる。

 その斬撃には、かつてこの地を守ろうとした忠誠と、その意志を捻じ曲げられた怨嗟が同居していた。


 「貴様に何がわかる! 兵を、民を、己の手で失い……それでも尚、守らねばならぬ地があるということを!」


 将軍の叫びとともに、剣が空間を裂き、瘴気が爆ぜた。

 だが俺はそれを正面から受け止める。

 八つの加護が、俺の背を支えていた。


 「わかるさ。俺も、大切なものを守りたいと願って、ここまで来た。失いたくない人がいる。だから、前に進むしかなかった!」


 火の力を前面に出し、俺の剣が灼熱の軌跡を描く。

 その炎が瘴気を焼き払い、空間にわずかな清浄を取り戻す。


 将軍は怯まない。

 怨念に満ちた剣が再び振り下ろされ、風と雷がぶつかるような衝撃が塔の内部を貫いた。


 だがその時、幻の加護が俺の中で囁いた。


 「見ろ、彼の本心を。表に出ない“真実”を」


 俺の視界が歪み、一瞬、戦っている将軍の姿の奥に、かつての彼の記憶が浮かんだ。


 笑っていた部下たち。

 砦で共に過ごした家族。

 そして、王に忠誠を誓い、剣を捧げたあの日の誓い。


 それは、間違いなく“守る者の姿”だった。


 「……将軍!」


 俺は剣を下げ、大声で叫んだ。


 「貴方は間違っていない! けれど、その剣はもう“誰も守っていない”!」


 その言葉に、将軍の動きが一瞬、止まった。


 俺はその隙を逃さず、光と闇の加護を合わせた一撃を放つ。

 それは裁きと赦しの一閃。

 斬るための剣ではない。解き放つための一撃だった。


 剣が将軍の胸に突き刺さる――だが、血は流れなかった。

 代わりに、瘴気が渦を巻き、彼の身体から剥がれ落ちていく。


 「……ようやく……終われるのか……」


 将軍の声が漏れた。


 その眼窩の光が消えていく。

 骸骨だった顔に、わずかに人間の面影が戻る。

 そして、そのまま灰のように崩れ落ち、砦の床に吸い込まれた。


 塔に満ちていた瘴気が、まるで吐息のように空へと立ち昇っていく。


 黒雲が晴れ、空から光が差した。


 この戦いは、誰かを倒すことではなかった。

 かつて守ろうとした者の魂を、再びその手に返すこと――


 俺は剣を納め、目を閉じた。


 ジャトゥラン将軍。

 その名と意志は、確かにこの地に刻まれたまま、永遠に眠りについた。


 砦の外では、金獅子隊が勝鬨を上げていた。

 彼らが封陣を守り、周囲の魔霊を討ち払ってくれたのだ。


 ターニンが塔に駆けつけ、崩れた入り口から姿を現す。


 「終わったのか、導師よ」


 「ああ。……この地は、ようやく、安らげる」


 その言葉に、ターニンはしばし黙り、やがて苦笑を浮かべた。


 「派手すぎるぜ。まったく、お前が導師じゃなかったら、ただの災害だ」


 「それは、褒めてるのか?」


 「どうだろうな」


 俺たちは、砦の高台から空を見上げた。


 そこには、何の混じり気もない、澄み渡る蒼天が広がっていた。

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