第26話

 王都を発った金獅子隊と俺は、計三十騎の編成で北西へ向かった。


 ナコン・パトムへの道は本来ならば聖地街道と呼ばれる清浄な旅路であり、精霊信徒の巡礼路でもあったが、いまやその面影はない。

 土は黒く染まり、空気は重く湿っている。

 鳥の声も虫の羽音もなく、風すら息を潜めるように吹いていた。


 この異変は、アスラの残滓が地脈に干渉している証拠だった。


 ターニンは馬上から周囲に指示を飛ばしながら、ちらりと俺を振り返る。


 「おい導師。お前の加護とやらで、この空気、祓えないのか?」


 俺は首を横に振った。


 「これは自然の力を越えた“意志”だ。精霊の流れが拒絶されている。力だけで祓うなら、力以上の“信念”がいる」


 「信念、か。……面倒だな。だが嫌いじゃない」


 ターニンはそう呟いて、再び隊の先頭に目を戻す。


 やがて、丘を越えた先にナコン・パトム砦が見えた。


 ……その廃墟が。


 砦の外壁は崩れ、門は吹き飛び、内部は黒い瘴気に満たされていた。

 建物の陰からは、鎧を溶かされた兵士たちの亡骸が半ば土に沈みかけている。


 生者の気配は、なかった。


 だがその中心――砦の主塔のてっぺんに、ひときわ濃い黒煙が渦を巻いている。


 「……あれが、瘴気の源か」


 俺は足元の土を掬った。

 触れると、土が微かに震えた。

 それは怒りのようでも、恐れのようでもあった。


 「……この地は、今なお“呪われた戦場”だ」


 俺は地に膝をつき、八つの加護に語りかける。

 火よ、ここに生きた者の無念を焼いてくれ。

 水よ、彼らの魂を静めてくれ。

 風よ、想いを運び、地よ、記憶を抱いてくれ。

 雷よ、偽りを打ち砕き、幻よ、真実を暴いてくれ。

 光よ、進むべき道を示し、闇よ、すべてを包み、赦してくれ。


 祈りの中、胸の神印が淡く輝いた。


 その光が、砦の中央――黒煙の渦に届いた瞬間、何かが動いた。


 「くるぞ!」


 ターニンが叫ぶ。


 次の瞬間、渦から“影”が現れた。

 それはアスラの眷属ではない。

 いや、正確には“生まれそこねた眷属”――


 この地で死した兵士たちの怨嗟と、アスラの瘴気が混じり合って生まれた、未完全な魔霊だった。


 無数の腕と顔を持つその異形は、苦しみを叫ぶような呻き声を上げながら地を這い、兵の一団に向かって突進してくる。


 俺は立ち上がり、雷と風を融合させた一閃を放った。


 「ナラク・クンチャン――雷風斬!」


 轟音と共に、刃が空間を裂き、魔霊の身体を切り裂いた。


 だが、断ち切られた影はすぐに別の形を取り戻し、さらに醜く、さらに強く再生していく。


 「再生する……か。じゃあ、“本体”を斬らない限り終わらないってことだな」


 俺は深く息を吐き、剣を握り直した。


 これは、ただの戦いじゃない。


 この地に残された“想い”と“呪い”――

 それを、俺自身の心で受け止め、そして、終わらせなければならない。

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