第24話

 王都カンチャナブリーに、静かな朝が戻った。


 瓦礫と化した神殿の跡地には、すでに数百人の修復者たちが集まり、整備と再建に取り掛かっていた。

 空は澄み渡り、街には再び人の営みが戻っていた。

 だが、人々の目には、確かな“変化”が刻まれていた。


 世界の中心で、精霊と対話し、神話の終わりと始まりに立ち会った者――

 その名を、ナラヤン・ラーチャという。


 俺はその名を背負いながら、王宮の謁見室に立っていた。


 目の前に座するのは、アユータヤ王国第十三代目の若き王、ラーマ七世。

 金と白の衣を纏い、額には王印と呼ばれる光の紋が輝いている。


 王は俺を見つめ、その視線の奥にある“真意”を測るように口を開いた。


 「ナラヤン・ラーチャ。お前は、アスラの封印を解き、そして討った者だ。それは確かに、王国史に刻まれる偉業だ。しかし……それをもって王国を託すには、なお一つ、問わねばならぬ」


 「……問うべきは、俺の心か。それとも、この先の選択か?」


 「どちらでもある。そして、どちらでもない」


 王は立ち上がる。


 「我が国は、長きに渡り“守り”の民であった。精霊を祀り、自然と共に歩む道を選び続けてきた。しかし今、アスラの出現は、神々の意思が“変化”を求めている兆しだと、私は解釈している」


 その言葉に、謁見室が静まり返った。

 臣下たちの誰もが、王の発言の重大さを悟っていた。


 「ゆえに、私はお前に問う。“守護”とは、ただ守ることか? それとも、未来へと“導く”ことか?」


 俺は即座に答えることをせず、一度だけ目を閉じた。

 胸に宿る八つの加護が、それぞれに脈打つ。

 この問いに答えるのは、俺ひとりではない。

 俺と、歩んできた精霊たち。

 俺と、支えてくれた人々。

 そのすべての記憶と意思が、今この瞬間に集まっていた。


 「……導く。けれど、それは“自分のために”ではない。俺は、誰かの希望になりたい。選ばれたからでも、力を持ったからでもない。歩いてきた道の意味を、誰かに渡せるように」


 その答えに、王は微かに微笑んだ。


 「ならば、ナラヤン・ラーチャ。お前を“次代の導師”として王宮に迎える」


 その宣言に、臣下たちが一斉に頭を下げた。


 導師――それは、王を支え、精霊の声を通訳し、国家の進むべき道を照らす存在。

 名誉ではなく、重責であるその地位に、俺はただ一つの覚悟をもって首を縦に振った。


 こうして俺は、旅人から守護者へ、そして導師へと名を変えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る