第23話

 白金の光が神殿を満たすと同時に、俺の中で何かが“統合”された。


 それは形でも、力でも、思考でもない。

 もっと深いところ――魂の核に触れる変化だった。


 火が水を受け入れ、風が地に寄り添い、雷が幻に共鳴し、光と闇が対を成して溶け合う。

 八つの加護は、それぞれが独立した力でありながら、今この瞬間、互いの存在を受け入れ、支え合うように“一つ”へと集束していった。


 その中心に、俺がいた。


 ナラヤン・ラーチャという一人の存在が、八つの精霊の力を束ねる“核”として、明確に自覚を得た。


 「――来るぞ!」


 アスラが一歩踏み出す。

 その気配は、明らかに次元を超えていた。

 もはや人間の感覚で捉えられるものではない。


 地が軋み、空が裂ける。

 神殿の石柱が砕け、天井が崩れ落ちる中、俺はそのただ中に立った。


 「この世界を……壊させない!」


 俺は一歩、アスラに向かって踏み出した。


 その瞬間、八つの精霊が俺の背に顕現した。

 炎を纏った蛇神ナーガが第一に現れ、その両側に、水の巫女と風の騎士。

 雷光を宿した獣、地の守護巨人、幻の蝶、光の天女、闇の法王――


 それぞれが神話の中で語られた伝説の存在。

 それが今、俺の意志に応じて一体となり、ひとつの大剣を形作った。


 白金と黒鋼が絡み合うその剣は、精霊のすべてを内包する究極の象徴。


 「……それが、“統べる力”か」


 アスラが一歩引いた。

 初めて見せた、明確な“警戒”。


 俺は剣を振り上げ、地を蹴った。


 空間を裂くように振るったその一閃が、アスラの闇の渦を切り裂き、仮面を斬る。


 閃光と爆音。

 闇の叫びとともに、アスラの身体が後方へ吹き飛ぶ。


 だが、それでもまだ終わらない。


 アスラは裂けた仮面の奥から、赤黒い光を放ちながら、何かを呟いた。


 「……この世界に、均衡は不要だ。滅びこそが、救いだ……」


 その言葉と同時に、地の底から黒い根のようなものが這い上がり、神殿の土台を崩壊させ始めた。


 神殿そのものが、“闇の苗床”に変わろうとしていた。


 「ナラヤン!」


 ミンの声が再び響いた。

 彼女は結界の外から、必死にこちらを見つめていた。


 「お前の心を、信じてる!」


 その声が、俺の中で響く。


 加護の力だけじゃない。

 俺には、信じてくれる人がいる。

 共に歩んできた者がいる。


 だからこそ、絶対に負けられない。


 俺は剣を両手に握り直し、再び前へ出た。


 アスラの核へと迫るにつれ、周囲の空間そのものが変貌を始めた。


 神殿の床が消え、大地が裂け、宙に浮かぶような浮遊空間へと変わる。

 黒と紅の混ざった世界。そこはもう、この世ではなかった。


 「ここは……“虚の界”」


 霊王のかすれた声が、遥か後方から届いた。

 「アスラが生まれし場所にして、神々が封じた深層意識の淵……」


 俺は剣を構え直す。

 今、この空間そのものが、アスラの本体だというのなら、俺が斬るべきはこの世界そのものだ。


 八つの加護の精霊たちは、すでに剣へと完全に融合していた。

 その力はまさに“世界を断ち切る刃”。


 アスラが咆哮する。

 その声は音ではなく、意識への圧力。

 “絶望しろ”“抵抗するな”“終わりこそが救い”という無数の声が、頭の中に流れ込んでくる。


 だが俺は、それらすべてを否定した。


 「終わりを望むなら、最初から立ち上がらなかった!」


 地面を蹴り、俺は再び跳躍する。

 剣に宿る八つの気配が、渦を描きながら伸びる。


 炎が先導し、水が流れをつくり、風が進路を切り拓き、地が足場を固める。

 雷が斬撃を鋭くし、幻が視界を覆い、光が導きを与え、闇がすべてを包む。


 その斬撃が、アスラの“核”へと達した瞬間――

 世界が、叫んだ。


 空が割れ、大地が砕け、虚無の淵が崩れ落ちる。

 アスラの身体がひび割れ、仮面が崩れ、そこから血のような黒い液体が噴き出す。


 「貴様が……“抗った”か……!」


 アスラの言葉は、もはや怒りではなかった。

 それは驚愕であり、戸惑いであり、そして、かすかな安堵にも似ていた。


 「我が存在は、世界の裏……破滅の意志……その抗いを、誰よりも求めていたのかもしれぬ……」


 そうして、アスラの身体は崩れ、闇の塊となって空中に溶けていく。

 残された仮面が、一枚の黒い羽となって、俺の手元に落ちた。


 神殿の崩壊は止まり、空の黒雲が晴れていく。

 王都に、ようやく陽光が戻った。


 俺は剣を下ろし、膝をついた。


 ミンが駆け寄り、俺の手を取った。

 「……おかえり」


 その言葉だけで、すべてが報われた気がした。


 霊王が近づき、深く頭を垂れた。


 「ナラヤン・ラーチャよ。お前こそが、“真の守護者”だ。王国を救った者として、名を刻まれるだろう」


 だが、俺はそれに首を振った。


 「俺がしたのは、守ったことじゃない。ただ、“繋いだ”だけだ」


 八つの加護と、精霊たちとの絆。

 この国の人々の想い。

 そして、自分の意志。


 すべてを繋ぎ、重ね合わせてきた道。


 それを信じ、選んだ結果が、今この光景だった。


 俺は立ち上がり、残された黒羽を胸にしまった。


 アスラの名を記憶に刻み、そしてその存在すら、赦すために。

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