第22話

 アスラの放った黒炎は、神殿の天井を突き破りながら幾重にも分岐し、まるで意思を持って標的を追うように蛇行していた。

 だが、俺のまわりに集った八つの加護が、それを受け止める。


 風がその動きを逸らし、水が衝撃を緩和し、地が足場を支え、雷がその魔を切り裂く。

 火が対抗の炎を燃やし、幻が視覚を遮り、光が希望を灯し、闇が“消滅”を包み込む。


 まさに総力戦。

 精霊の力の奔流が、俺の身体の内と外で咆哮を上げた。


 「ナラヤン!」


 神殿の入り口から、ミンの声が届いた。

 どうしてここに……と問いかける間もなく、彼女は周囲の神官に囲まれていた。


 「ミン! そこから動くな!」


 俺はアスラの視線が一瞬彼女へと向いたのを見逃さなかった。

 そうだ、アスラは俺を“器”と見做している。

 ならば俺の“人間性”、俺の“弱さ”を探り、そこを突いてくるのは当然だった。


 「……それが貴様の脆さか、人間よ」


 アスラが嗤うと、空間が軋む。

 次の瞬間、無数の影の手が神殿の地面から這い上がり、俺とミンの間に割り込んだ。


 影の群れ――アスラの眷属。

 それぞれが人の形を模してはいるが、その眼は虚ろで、口は笑ったまま閉じず、手足は異様に長い。


 「全部、乗り越えてきた……ここまで来たんだ!」


 俺は叫び、右手を突き上げる。

 雷の精霊の力が解放され、天空へ一閃の稲妻が走る。

 その光はアスラの影を貫き、辺りを焼き尽くす――


 だが、アスラの本体には届かない。

 その身体は霧のように揺れ、実体が定まらない。


 「貴様の加護は素晴らしい。だが、それはまだ“統一されていない”」


 アスラの言葉と共に、俺の身体の内側がざわめく。

 精霊たちの加護――本来ならば融合しうる力が、いまはまだそれぞれに動いていた。


 火は燃えるまま、水は流れるまま、風は舞い、地は揺るぎ、雷は閃き、幻は揺れ、光は照らし、闇は包む。


 八つの柱が立つ塔のように、まっすぐであるがゆえに“ひとつではない”。


 「統べよ、ナラヤン・ラーチャ。さすれば、貴様は“精霊王”となりうる」


 アスラの声が、まるで導くように響いた。


 「だがそれが叶わぬならば、すべてを飲み込み、我が王座とせよ!」


 再び、アスラの闇が渦を巻いた。


 神殿全体が崩壊の危機に晒されながら、俺は目を閉じた。

 その中で、精霊たちの気配が重なっていく。


 火の情熱、水の優しさ、風の自由、地の安定、雷の激情、幻の真理、光の導き、闇の赦し――


 すべてを知っている。

 すべてと歩んできた。


 ならば、俺の中で、それらはひとつになれる。


 「来い、ナーガ……そして、八つの精霊よ。俺とともに、“一つの力”になってくれ!」


 その声が世界を貫いたとき、神印が眩く輝き、神殿全体を白金の光が包んだ。

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