第16話 禄でもない思い出話
今日は散々だった。
穂積との戦闘のせいで今日の目的地だった町に到着することができなかった。
そのせいで今日も野宿である。
夜の静けさが、焚き火の音とともに辺りを満たす。
灯凜は薙刀の手入れをしながら深いため息を吐いた。
「あの巫女さん。妖怪より怖かったです……」
戦いの記憶がまだ生々しいのだろう。
肩を震わせながらも、彼女はせっせと枯れ草をかき集めて、簡易な寝床を作り始める。
「その割には、随分と勇敢に立ち向かってたよ。おかげで助かった。ありがとな」
俺の言葉に、灯凛は少し照れたように笑った。
「えへへ、どういたしまして」
焚き火の光が灯凜の顔を照らす。
赤く染まったその横顔は、まだ強張っているが、どこか誇らしげでもあった。
力こそ借り物だが、彼女が見せた勇気は本物だった。
「これでも、途中で泣きそうだったんですよ」
「泣いたって構わねぇよ。怖いもんは怖い。それでも逃げなかった。それがすごいんだ」
俺はそう言って、そばに落ちていた枝をひとつ拾い、焚き火にくべた。
火が一際ぱちりと音を立てて弾ける。その音が、妙に心に残る。
灯凛は黙って頷き、焚き火を見つめたまま、ぽつりと口を開いた。
「……禍厳雷の呪い」
「ん?」
「どうして巫女さんはあんなことになったんでしょう」
「俺じゃねぇぞ」
「別に疑ってないですよ」
風が草を揺らし、遠くで虫の鳴く声が聞こえた。
灯凜は手元の枯草をいじりながら、ぽつりぽつりと考え込むように言葉を紡ぐ。
「あの巫女さん……穂積さんのお母さんが煌天丸さんを封印したんですよね?」
「ああ、忌々しいことにな」
「どんな人だったんですか?」
そう尋ねてきた灯凛の目には期待の色があった。
ああ、そうか。妖怪と巫女のラブロマンスは和風ファンタジーの定番だったか。
「期待に応えられるような関係じゃないぞ」
俺とあいつの間にあったのは、もっと醜悪なものだった。
「俺が騙されて封じられた。そして、いろんなものを失った。それだけの話だ」
目を閉じる。夜風が、少しだけ熱を奪っていく。
それでも火のぬくもりが近くにあることが、妙に心を落ち着けた。
「それは、その」
「勘違いでもすれ違いでもない。日本じゃそういう物語は定番かもしれないが俺たちは違う」
「一体、何があったんですか?」
「少し、長くなる」
火の揺らめきの向こうに、かつての因縁が思い浮かぶ。
「聞かせてください」
先程とは打って変わり、灯凛は真剣な瞳で俺を見据える。
風が草原を撫でる音と、火のはぜる音が交互に響き、俺の言葉を静かに促してくるようだった。
俺はゆっくりと息を吐き、過去の記憶をたぐり寄せる。
「心底、胸糞の悪い話だ」
そして、語り始めた――かつて巫女と呼ばれた女と、自分自身の禄でもない思い出話を。
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