第4話 神穿ノ禍祓の力
「来るぞ!」
俺が叫んだ直後、背後から空気を切り裂く音がした。咄嗟に振り返り、拳に雷を纏わせて突き出す。
「チッ……!」
衝突の瞬間、拳は硬質な表皮に触れる感触と共に跳ね返された。
次の瞬間、裂かれた空気の圧力で身体が吹き飛ぶ。
焚き火の熱が一瞬にして消え去り、爆ぜる音が耳をつんざいた。
「かっ……はっ!」
背中から地面に叩きつけられ、肺から息が抜ける。
視界の端で、灯凜が立ち尽くすのが見えた。
残月鬼は灯凜を見遣り、ぬるりと舌を伸ばしながら嗤う。
「ククッ、また人間とつるんでいるのか」
「成り行きでな!」
「妖力が枯渇した貴様が人間を守り切れると思うか? さあ、変化できるものなら変化してみせよ」
痛いところを突くな。
封印される前の俺なら、この程度の雑魚妖怪など一撃で倒せた。しかし今は人化して妖力を節約している状態。まともに力を溜めることすら難しい。
だが、何かがおかしい。
この残月鬼、五十年前の記憶を辿ってみても、こんなに強かったハズがない。
当時の奴は路傍の妖怪の一匹に過ぎなかった。
せいぜい雨を呼ぶ程度の小悪党だったはずなのに、今は風の刃まで操るとは……。
「煌天丸さん。もしかして、私の服を再生したり、肉まんを出したりしたから?」
「ま、多少はな」
残り僅かな妖力ではあったが、あれは必要経費だ。
足元に落ちた葉が、風もないのにひらりと舞った。
灯凜の震える肩が視界の端に映る。
しかし、その表情には不思議な決意の色が浮かんでいた。
「私も戦います。あなたの封印が解けたってことは、私にもすごい力があるはずですから」
震える手で神穿ノ禍祓を握りしめ、ゆっくりと足を踏み出す。
「やめておけ。昨日まで平和な世界で暮らしてた人間が戦えるわけがない」
「でも、それでも、私のせいであなたが傷つくのは嫌です」
声は震えているが、その足は止まっていない。
紅い光が、神穿ノ禍祓の刃から漏れ始める。それに呼応するように、灯凜の黒髪がふわりと舞い上がった。
「非力な人間が吾輩に刃を向けるなど笑止千万!」
「よせ、灯凛!」
俺の静止を振り切り、灯凛は足元の地面を力強く蹴った。
残月鬼が嗤うように口を開いた瞬間、紅の閃光が口を裂いた。
「裂けし我が口に、更なる傷を刻むか人間ンンンンン!」
鋭い一撃が、残月鬼の口を更に裂いた。刃が通った軌跡に黒い瘴気が噴き出し、残月鬼の身体がよろめく。
その瞬間、灯凜の身体から異様な気配が溢れ出す。
「お願い、力を貸してください」
その呟きに応えるように、神穿ノ禍祓の紅い光がさらに強まる。大気が唸り、草木がざわめく。灯凜の姿はまるで別人のように変貌していた。
瞳が金に染まり、黒髪は紅蓮のような赤に変化していた。
それは彼女自身の力ではない。
神穿ノ禍祓に宿る神秘が、彼女の身を媒介として力を顕現させているのだった。
「排除する」
その声は低く、鋭く、まるで刃のように研ぎ澄まされていた。
残月鬼が身体を旋回させると、周囲の空気が一瞬で引き締まった。
目にも留まらぬ速度で距離を詰めてくる。
その爪の一振りが周囲の空気を切り裂き、鋭利な斬撃と化して押し寄せる。
「チッ、風の刃か」
俺は歯噛みする。
風の刃に関しては、友人に鎌鼬がいたおかげで理屈は知っている。
空気の圧力を利用した不可視の刃、超高速移動と防御の能力まで持ち合わせているときた。
灯凜は反射された斬撃をかわしながら神穿ノ禍祓を振るうが、決定打には至らない。
「くっ、効かない!」
そのとき、灯凜の制服から残った妖力の残滓を感じ取った。仕方ない、あそこから拝借するとしよう。
俺はその場に妖力を集中し、指先から吸い取るようにしてそれを取り込む。
「一旦返してもらうぞ!」
制服に残った妖力を媒介に、俺の姿が変わり始めた。
雷光をまとう妖怪としての本性。
体現する白銀の体毛と黄金の角を持つ巨躯の獣。
この姿なら一瞬だけだが力を出せる。
『灯凛、トドメは任せた!』
「承知した!」
角に妖力を集束する。電光が弾け、まばゆい光が溢れる。
周囲の木々が軋むほどの圧力が空間を包み込み、地面が微かに震える。
『〝
角から放たれた鋭い雷撃の槍は残月鬼を貫き、近くの大木に縫い留める。
「逃がさん!」
隙を逃さず、薙刀を構えた灯凜が跳ぶ。
「穿ち祓え、神穿ノ禍祓!」
深紅に染まった破邪の刃が一直線に残月鬼の核を貫く。
「がァ……アアアっ!」
紅い光が刃から走り、残月鬼の体内を爆ぜるように駆け巡る。
「光が眩い、眩いのだ……ああ、妬ましい……妬ましやぁぁぁ!」
悲鳴とともに、残月鬼の肉体は黒い塵と化して空へと昇っていった。
その直後、散り散りになった黒い塵の中から、紫がかった黒の石が地面へと落ちた。
乱反射する光沢を持ち、表面には不吉な模様が浮かび上がっている。
拳ほどの大きさの石は、落ちた地面を僅かに焦がしていた。
「終わった、んですか……?」
肩で息をしながら、灯凜が俺に視線を向ける。その身体は震えていたが、瞳は前を見据えていた。
その姿を見て自然と口の端が吊り上がるのを感じる。
異世界転移してきた主人公と人外バディものの初戦闘にしては上出来な戦果だ。
改めてラスボスからジョブチェンジできたのだと俺は満足感に浸っていた。
「おう。お疲れさん」
妖力が空っぽになった俺は人の姿へと変化すると、灯凛を労うために彼女の元へと歩み寄る。
「ありがとうございます。煌天丸さんのおかげで何とか戦えました」
「礼を言うのはこっちの方だっての」
俺たちは互いを労いながら笑い合った。
「ところで、なんでしょうこれ……?」
灯凜が恐る恐る近づき、顔を覗き込む。
そこから放たれる不穏な空気に、俺も警戒心を高める。
「さあな。五十年前にも見たことがない代物だな」
俺は妖怪としての感覚を研ぎ澄ませて石を観察した。
石からは生命とも、死とも言えぬ奇妙な気配が滲み出ている。
これは、残月鬼の核とも違う。
むしろ、あいつを強化していたものにも思える。
「えいっ」
灯凜が思い切ったように神穿ノ禍祓の柄端で石をつついた。
その瞬間、石から淡い紫の光が放たれ、周囲の草木が一瞬で枯れた。
想像以上にヤバイ代物だったことがわかり、灯凛が絶句する。
「……とりあえず、俺が持つ分には大丈夫だろ。念のために結界も張っておくか」
地面に転がる石を拾って結界で包む。
結界に包まれているというのに、石は未だ不気味な輝きを放っていた。
「あ」
残った妖力を使って石を結界で包んだ瞬間、彼女の身に纏っていた制服が消えていってしまった。
見る間に、上着もスカートも、すべて霧のように溶けていく。
「ん、何かスースーするような……へ?」
何が起こったか理解できない灯凜が間抜けな声を漏らす。
妖力を俺が吸収したことで、灯凜が纏っていた制服の妖力で出来ていた部分も消滅してしまったのだ。
「きゃあああああっ!? ま、またですかあああっ!?」
今朝と同じ姿。裸にローファーと靴下、そして首元の赤いリボンだけという、なんともいたたまれない恰好で、灯凜は顔を真っ赤にしてうずくまった。
何とも締まらない状況に俺は溜息を漏らす。
「まあ、助かったんだし、よしとするか」
「よくないです!」
怒号とともに、俺の背に思いっきりローファーが飛んできたのだった。
ちなみに、灯凛のあられもない姿は目ん玉かっ開いてガン見させてもらった。
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