第3話 服を食べる妖怪、布噛

 何故か裸になっていた灯凛は顔を真っ赤に染め、両腕で必死に体を隠そうとしている。


「こ、こっち見ないでください!」


 制服が、なかった。どこをどう見ても、彼女は生まれたままの姿だった。

 いや、正確には違う。

 ローファー、靴下、そして首元のリボンだけは身に着けている状態だった。


「一体、何があったんだ」


 周囲を見渡してみると、地面には布切れと紙の残骸が散乱している。

 その中心にはもぞもぞと蠢く、綿毛のような小妖怪がうようよしていた。


「……こいつら、布噛ぬがみか」


 人の衣類や紙を好んで食う、小さな雑魚妖怪だ。

 ふむ、食べ残すパーツがなかなかわかっているじゃないか。


「うぅ……服なんて一着しかないのに」


 灯凛が涙目でぼやく。その姿をチラリと見ただけでも、肌の白さが際立っている。思わず見入ってしまう光景だ。


「安心しろ。〝電気喰でんきショック!!!〟」

「ぴぎぃ!?」


 俺は電撃を迸らせて、布噛たちを麻痺させた。パチパチと火花が飛び、妖気を吸い取られて小さな影たちは霧散していく。


「布噛の妖力は食った。あとは俺の体毛さえあれば、直せる」


 尾の先から銀色の毛を数本引き抜く。手の中で揉みしだき、妖気を込めて灯凜に向かって吹きかけた。


「織れ――風天の衣」


 空中で光り輝いた毛は破れた制服に吸い寄せられるようにして張り付き、再び形を成し始める。

 その様子はまるで魔法少女の変身バンクのようだった。


「す、すごい……制服が元通りです!」


 やがて淡い光が収まり、制服が灯凛の体を包んでいた。


「俺は泣く子も黙る大妖怪様だぞ? このくらい、お茶の子さいさいだ」


 ふっと息を吐き、俺は腰を下ろす。


「ありがとうございます。本当に、本当に助かりました!」


 まだ顔は赤いままだが、灯凛は胸元をぎゅっと掴み、満面の笑みを浮かべた。


 だが、和やかな空気も束の間のことだった。


 風が止み、森のざわめきが途絶える。

 鳥の声も、虫の音も、まるで誰かがその存在を摘んで消したかのように静まり返った。

 俺はぴくりと耳を動かし、辺りを警戒する。異様な気配が迫ってきていた。


「チッ、さっそくお出ましか」


 立ち上がりながら、低く舌打ちする。

 焚き火の向こうで、木々がざわめいた。風もないのに、枝葉が揺れる。

 肌を撫でる冷気が、穏やかな朝の空気を鋭く変える。

 灯凜が僅かに身をすくめたそのとき、森の闇を割ってそれは現れた。


 衣の残骸を身にまとい、破れた袖口や裾から古びた和紙のような皮膚。

 眼窩は深く落ち込み、その奥に蒼く揺れる鬼火のような光が灯っている。

 裂けた口には無数の鋭い歯が並び、黒い舌がだらりと垂れていた。


「久しいな、禍厳雷まがいかづちよ」


 どこか、笑っているような声。その全身から、圧迫するような瘴気が滲み出していた。


残月鬼ざんげつき……てめぇ、まだ生きてたのか」

「五十年……お前の封印が解かれるのを、ずっと……ずっと、待っていた」


 残月鬼は裂けた口を更に吊り上げると灯凜を見遣る。

 その一瞥に、灯凜の背中が小さく震えた。


「な、なんですかあれ……!」

「残月鬼。元々は高貴な身分の作家だったが、才能を人に認められなかったことで妖怪化して鬼になった存在だ」


 俺は一歩前に出て、灯凜を庇うように腕を広げる。


「人だったんですか?」

「もう違う。アレはただの〝成れの果て〟だ」

「禍厳雷よぉ……貴様を食らえば吾輩はもっと上にゆけるのだ!」


 ぬるりと舌を舐める音がした瞬間、残月鬼の姿が消えた。

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