第5話 リボンと靴に靴下、あとは袖だけ

 朝焼けの光が森の梢を染める中、灯凛は顔を真っ赤に染めて、俯きながら歩いていた。

 ローファーに靴下、制服のリボンだけという痴女もビックリな格好で、必死に両腕と太ももで大事なところを隠しながら俺の後ろを小さくついてくる。

 右袖だけはようやくできたが、他はまだ再生が間に合っていない。全身を覆うには妖力がまったく足りてねぇ。


「灯凛、もうちょっとテンポ上げろ。日が昇りきる前に抜けなきゃ、また布噛が寄ってきて服を食われるぞ」

「む、無理です……こんな格好、人に見られたら……わ、私……」


 涙声で震える声が背後から聞こえる。耳まで真っ赤にして腰を引き気味に歩く姿は、なんともまあ眼福な光景である。

 妖力の源は三大欲求に深い繋がりがある。


 食事、睡眠、そして性欲。

 その三つのどれか満たすことで妖力は回復していく。

 よって、現状は移動と回復ができるため大変効率が良かった。


「しょうがねぇだろ。さっきの場所にいる限り、再生してもまた布噛に食われちまう。妖力で織ってる俺の毛すらあいつらにとってはご馳走でしかないんだ」

「うぅ……こんな姿で森を歩くなんて……うわあぁ……!」


 再び顔を手で覆いながらしゃがみ込みそうになった灯凛を、後ろからひょいと抱き起こす。


「ほれ、しゃきっとしろ」

「そんなこと言ったって、裸で外を歩くなんて……恥ずかしすぎます」


 うるんだ目でにらまれると、ちょっとだけ罪悪感が出てくる。

 それ以上に、視線の先にちらちらと見える柔肌が色気を放ちすぎていて、妖力がみるみる回復する。ありがたや。


 ちらりと再生中の制服を確認してみる。

 奇跡的に袖が一部だけ完成してたが、他の部分はいまだに丸出しだ。

 服を再生するには俺の妖力が回復しなければいけないが、妖力はほぼ空っぽ。

 再生のペースもガタ落ちしてるし、移動中に仕上がる保証すらなかった。


「なぁに、すぐ次の村に着く。そこまで我慢してくれや」

「うぅ……この恰好で村に入ることになったら、無理です……死んじゃいます……!」


 灯凛は泣きそうな顔で両手で顔を覆ってた。

 頭隠して尻隠さずならぬ、顔だけ隠してあと丸出しだな。

 身体を丸めるようにしながら、背中を俺の後ろにぴったりと擦りつけるようについてくる。ふむ、これもまた役得だ。

 俺の視線がちらっと彼女の再生中の服に向かう。

 妖力が回復してきたため、かすかに布が伸び始めてる。


「おっ、結構再生速度上がっていないか?」

「えっ、本当ですか……って、なんで胴体じゃなくて袖ばっかりなんですかぁ!?」


 左袖の布は肘あたりまで伸びてたが、肝心な胴体部分にはまるで進展なし。おかげで〝裸にリボンと靴に靴下、あとは袖〟という、なんとも言えない格好になってた。ゲームのバグかよ。


「せめて、大事なところだけでも隠したいです!」

「俺に言われても困る。再生の優先順位は俺の毛が決めているからな」

「じゃあその毛、絶対えっちです!」


 再び泣きそうな声をあげる灯凛。風が直に肌へ当たる感覚震えながら、俺の後ろにぴったりと張り付いて歩く。


「……ひっ」


 茂みがカサリと揺れた瞬間、灯凛が反射的に俺との距離を詰める。

 ローファーの硬いつま先が俺のアキレス腱に当たって、正直地味に痛たい。


「つま先当たってんぞ。ちょっとは離れて歩いてくれ」

「人と会ったらどうするんですか!? このまま誰かに見られたら、私、社会的に……!」

「この世界で社会なんてねぇよ。大丈夫、出会った奴は忘れるさ」

「全然フォローになって――きゃっ!」


 森の風が吹き、灯凛の袖だけの布がふわりと舞い上がる。慌てて両腕で局部を隠しながら、灯凛が叫ぶ。


「ほんとにもう、こんなの、こんなの……いやぁ!」


 朝靄の残る林道に、灯凛の恨み言が静かに溶けて消えていった。


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