第17話 限りなく黒に近いグレー

その夜、ニュースは一色に染まった。

【衝撃!県議会で国会議員の肉声暴露!】

【瀬又朔、真実を告げた若き職員】

【県農業界、激震!組織的腐敗の実態】

再生された音声ファイルの内容は、間違いなく嶺岡正義の声だった。

『新幹線のルートは変更。選果場を通す。地元対策はこっちでやる』

小さなスマートフォンから流れ出す声が、議場を凍りつかせた。

この声、この語り口。

本人の否認があったとしても、逃れられぬ決定的証拠だった。


激動の県議会参考人招致の前日。

統括会の一室では、静かに異例のヒアリングが行われていた。

対象者は—FUサラサの伊達勝之専務。

元統括会総務人事部長。今回のFUサラサ混乱の渦中、組織を立て直すために送り込まれた人物である。

「あなたが、FUサラサの品川専務や庄司組合長に、嶺岡議員を紹介したんですね?」林監査部長の声は冷ややかだった。

きっちりとオールバックにしたグレイヘア。グレーのスーツに身を包んだ伊達専務は、応接室の椅子にもたれかかりながら、めんどくさそうに答えた。

「…紹介の場を設けたことはある」

「その場で、新幹線ルート変更、選果場の話をしましたか?」

「いえ、そんな話はしていない。あとで、議員が持ちかけたのかもしれんな。私は関与していない」

ヒアリングの最後、林はファイルを開いた。

「これは、当時の専務、品川さんからいただいた、あなたが提示したとされるルート修正案の図面です」

伊達は少しの間沈黙して、にやりと笑った。


三日前、居酒屋八重の個室で、瀬又朔は松井豊作が撮影した動画を見ていた。

病床の品川守元専務が呼吸器をゆっくりと外し、薄く開いた目でインタビューに応えている。

「…伊達さんが専務に?だいたい…あの人が、最初に…嶺岡を連れてきたんだ」

朔は身を乗り出した。

「え?もう一回、巻き戻して」

「庄司さんと私が…二年前の春…選果場の改修予算が通らずに困っていたとき。統括会OBの伊達さんに相談したら『会わせたい人がいる』…そう言って嶺岡を連れてきたのは、あの人だ…」

恐怖か怒りか、瀬又朔は震えを止めることができなかった。


瀬又朔は、花輪常務の追及を終えた資料に加えて、伊達が提示した地図、品川の証言動画、六車段ボールの関係書類、そして古賀肇の提供した音声データをすべて再整理し、提出の準備を整えた。

その夜、彼はデスクの上で一人、記録の再確認をしていた。

—伊達さん。―統括会の人事部長だった伊達とは、就職面接で初めて会った。入会後も気にかけてくれ、飲みにも連れて行ってくれた。居酒屋「八重」に初めて入ったのも伊達部長と同期の2人とである。

少なくない親しみを抱いており、伊達の退職祝いの席で、朔は人目も憚らず泣いた。

統括会OBでありながら、なぜ……。


品川の話では、伊達は花輪常務の妻が六車社長の妹であることを知っていた。

そして、新ルートでは六車段ボールの第三倉庫が収用施設の対象にリストアップされていた。

おそらく補償金の配分について何か打ち合わせていたのだろう。


県議会。嶺岡の「ルート変更指示」音声が提示された後の動揺を落ち着かせようと、一時休憩に入った。

休憩後に、議長から提案が出された。

「音声だけでなく、映像証言もあるという話でしたね、それも再生してください」

スクリーンに映し出されたのは、病床にいる品川専務だった。

顔色はまだ悪く、声もかすれていたが、言葉には確かな力があった。

『…嶺岡議員から、補償金の話を受けました。彼は、“選果場の資産価値を3億円以上にするように”と。確実に評価額を達成するために、嶺岡さんの弟さんの会社も紹介してもらいました』

『私と花輪常務、そして六車さんのとこで、段ボールを積み上げ、帳簿を書き換え、…結果、補償金の対象施設として選定されました』

議場がどよめく。

県議たちが、顔を見合わせ、メモを取り始める。

『責任は私にあります。なぜこんなことになってしまったのか』

映像が終了すると、続けて花輪営農常務の証言が再生された。

『段ボールの棚卸資産、出荷実績の改ざん、選果場の空運転、全て私が主導しました』

『嶺岡議員からは3億円を超えるようにと…1円でも超えれば、県から2分の1の補助金を引き出せる、言っていました。六車の倉庫も収用対象になれば、義理の弟のあんたには悪い話じゃないだろうと』

瀬又朔は、音声と映像が流れる議場のど真ん中で、静かに立っていた。

音声と証言の重ね技は、想像以上のインパクトを与えていた。

議長は、会場を見渡し深く息をついた。

「…本件における衆議院議員との癒着、不正申請による県からの補助の引き出し、非効率な新幹線ルートへの変更計画につきましては、議会としても特別調査委員会を立ち上げ調査をいたします。県としては、国に賠償を求めていくことも併せて検討いたします」

「参考人の瀬又さんに、改めて尋ねます。…あなた個人の想いで構いません。この一連の問題について、どのようにお考えですか」

朔は、真っ直ぐ議場を見据えた。

「農民組合の基本は他を利すると書いて、利他にあると言われています。今回の事件はすべてが利己。農家のための組織であるはずが、一部の人の利権のために歪められました。もう一度、農家さんから信頼してもらえるように、何年かかっても立て直さなければ」

「これは、…ある人の言葉です。人は怒られることがなくなると、道を踏み外す。何をしても組織の都合で揉み消すことができる、誰にも怒られることがなくなる、そうなったとき組織は腐敗を始めるのだと痛感しました」

静寂。そして、拍手。

傍聴席から、次第に広がる拍手の波。

議場全体が熱に包まれていった。


数日後、舞聴新聞の一面トップ。

【告発職員が放つ正義の矢:瀬又朔、真実で国会議員を貫いた男】

コラムでは、今回の証言の価値と、今後の農業団体再建の必要性が語られた。

県議会も、農水省も、対応に追われることになる。


特別調査委員会の設置が正式に発表され、嶺岡議員には再び参考人招致の要請が出された。

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