第18話 傍聴席は、静粛に
その日、県議会は異様な熱気に包まれていた。
嶺岡正義、衆議院議員。初めて県議会に参考人としての出席を余儀なくされた。
議長が宣言した。
「本日は、嶺岡正義議員に参考人としてご出席いただいております。本県県境、新幹線高架に関する一連の補助金不正申請に関し、これまでに提出された証拠、および関連証言を踏まえ、質疑を行います」
壇上に立つ嶺岡は余裕を装っていた。
黒いスーツに濃紺のネクタイ。
笑みすら浮かべ、余裕の表情で周囲を見渡す。
—そのときだった。
質問席に立ったのは、大和農民組合統括会 主任 ―瀬又朔―
会場がどよめいた。
「参考人に対し、県側から補足説明を依頼する形で、農民組合統括会より瀬又主任を質疑者として招いております」
マイクの前に立った朔は、嶺岡をまっすぐに見据えた。
「お久しぶりです、嶺岡議員。あなたは、FUサラサの選果場を収用対象に加えるよう、新幹線のコース変更を指示したとされています。音声記録も公開させていただきました」
「覚えていません。私がですか?」
「はっきり録音されています。選果場を通す。地元対策はこっちでやる」
嶺岡は鼻で笑った。「地元対策というのは、地域振興全体を指しているに過ぎません。収用に便宜を図ったなどとは、飛躍が過ぎる」
朔は資料を掲げる。「この図面は、あなたの秘書が作成したとされる高架ルート修正案です。収用対象には、サラサ選果場、六車段ボールの倉庫、庄司組合長のご子息の農場関連施設までが含まれております、また施設の評価は嶺岡議員の元のお勤め先、今は弟さんが経営されているコンサル会社が請け負っていますね」
「関係ありません。たまたまでしょう」嶺岡はあくまで白を切るつもりらしい。
「では質問を変えます。嶺岡議員、なぜ新幹線のルートは、当初計画よりも急カーブして、設計速度を落とさざるを得ないように変更されたのですか?経緯についてご説明をお願いします」
嶺岡は、手を前に組んで落ち着いた様子を装いながら答える。
「当初のルートでは、反対運動がありました。地元の要望には配慮せねばならんのです。そこで私が、間に立って調整し、新ルートで合意にこぎつけたのです」
朔はそこで、やや言葉を強める。
「では、お尋ねします。古賀肇さん…当初計画地における収用地の9割を保持する地権者の方ですが、彼は“反対していない、そんな暇はない”と証言しています。どなたが反対運動をされていたのですか?」
議場がざわめいた。
「い、いや、その…一部の市民団体が環境負荷に対する懸念を…」
「環境負荷!その懸念を踏まえて、選果場などの解体が必要なルートを示したら、その方たち、納得してくれたんですか?変更後のほうが環境負荷はむしろ増加することになりませんか?」
嶺岡の喉が鳴る。
「…だから、私が指示したのは…」
ハッとして口を噤む。
議場全体が、息を呑んだように静まりかえる。
朔は、笑みを浮かべて言った。
「確認します。いま、議員ご自身の言葉で“指示した”とおっしゃいましたね?」
「…いや、待て、それは違う。私は、“調整を提案した”と言っただけで…」
「残念ながら、本日の議事は録音されています。私が指示したと、明確に仰いました」
嶺岡の顔色が変わる。
傍聴席にざわめきが走る。
「つまり、反対運動の団体を送り込み、自ら説得したとして、選果場や倉庫が補償対象に含まれるようルート変更を指示し、見返りにカネと票を得ようと」
嶺岡は、口を開こうとするも、言葉が出ない。
「あの選果場は老朽化しており、平野部の施設との統合案も出ていました。それなのに、このルート変更が国土交通省に承認される3日前に、六千万円もの改修事業がサラサの理事会で承認されています」
議場は異様な熱を帯び、議長が何度も「傍聴席は、静粛に!」と繰り返す。
朔はさらに言葉を重ねる。
「改修工事についても、あなたが花輪営農常務に紹介した建設業者が工事を請け負っています。その見積もりをベースに資産評価が膨らんだ」
嶺岡は唇を噛んだ。
朔は冷たく言った。
「あなたがやっていたのは、地域振興ではない。農業を、補助金を、農家の信頼を、あなたは金に変えようとした」
「証拠があるのか!?」
「証拠!?これ以上、まだ証拠が必要ですか?音声も、議事録も、映像も。いましがたの発言も、それとも、まだ何か別の不正があるんですか?」
嶺岡の肩が、わずかに落ち、長い沈黙。
朔は、ゆっくりとマイクを置いた。
「ここまで事実を並べても認めないのなら、結構です。さすがに補助金は取消になるでしょう。あとは議会の判断に委ねます」
議長が静かに頷いた。
その日のニュースは一色に染まった。
【―私が指示したのは―、嶺岡議員が失言連発】
【証拠の数々に沈黙、議員辞職の圧力高まる】
みん旗党首は、嶺岡に議員辞職を勧告。
本人は「真相が明らかになるまでは続投」とコメントしたが、支持率は急落した。
県議会では特別調査委員会の報告書がとりまとめられ、国との調整も本格化。
農業団体、統括会、各FUが合同で再発防止策を協議する場が設けられることになった。
―10月1日―
FUサラサの伊達専務理事は記者会見で、淡々と吸収合併の完了を報告した。
FUサラサの元組合長、元専務と嶺岡元議員を引き合わせた男。
限りなく黒に近いグレー。
だが、関与を示す決定的な証拠は見つからなかった。
FUサラサ最終日。
15時を過ぎ、窓口には「本日をもってFUサラサとしての業務を終了いたします」の貼り紙。
伊達専務が社用車に乗り込む前に、建物を振り返る。
「そういえば、瀬又朔を採用したのは私だったな」
ぼそりと呟き、目を伏せた。
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