第4話 もっと
廃ビルの入口に、理人は立ち尽くしていた。
空気は湿って、鉄の匂いが鼻を突く。
床に残る赤いペンキの跡が、奥へ奥へと誘っている。
「……また、派手にやってくれるなぁ」
理人は、軽く笑いながら中に入る。
廊下の壁には、血で描かれた無数の手形。
その先に、静かに開いた扉。
部屋の中央には、白衣を着た、首のない死体。
胸元には、理人がかつて所属していた研究機関のロゴ。
白衣の刺繍の上に、乾いた血が広がっていた。
「……僕の“昔”を、よく知ってるんだね」
⸻
理人は、白衣の袖を指で撫でる。
その感触、匂い――
懐かしいはずなのに、何も思い出させてはくれない。
「これ、僕への“贈り物”ってこと?」
そして、奥の扉の前に――
ウェルカムボード。
カラフルな装飾に、ポップな文字で書かれていた。
「Welcome Rihito. Present for YOU.」
理人は、眉をひそめる。
「“プレゼント”ね。……で、中身は?」
⸻
扉を押し開けた。
そこには、真っ白なテーブル。
その上に置かれた、豪華にラッピングされた箱。
赤いリボン。金色の包装紙。
そして――その上に、同僚の首が載せられていた。
目を見開き、口を半開きにしたその顔。
まだ“生きていた頃の記憶”が、僅かに残っているかのようだった。
理人は、ゆっくりと近づき、首を持ち上げた。
「……へぇ、ここまで入ってくるんだね?」
その声は、静かだった。
怒りも、悲しみも、表には出さない。
ただ、唇の端を、少しだけ歪める。
「僕を、怒らせたいんだろ?
……いいよ。
――もっと、本気で遊んであげる」
⸻
警察署。
理人は、自分の席でジュースを片手にふんぞり返っていた。
ストローをくわえ、ちゅーっと音を立てる。
「ん~、やっぱこれ甘すぎだよね。
犯人、これくらい甘ったるい趣味かも?」
「いや、お前の方が甘いわ」
片桐が、机の端に腰をかけて、苦笑する。
「ちゃんと飲んでるだけ偉くない?
ほら、糖分取って元気出すって、片桐さんのアドバイスだし~」
「ったく……」
片桐は理人の頭をぽん、と軽く叩く。
「それで、どうなんだよ。
今日の、あれ。……さすがに来たろ?」
理人は、ジュースのパックを振りながら答える。
「来たねー。
でも、楽しくなってきた。
僕、今けっこうテンション上がってるかも。」
「……お前、マジでさ」
片桐は真顔で理人を見た。
「もう巻き込まれるな。
次はお前かもしれない。
守るから、俺の側にいろよ。」
理人はストローを指で弾いた。
「側にいるから守れるとは限らないけどね?」
「それでもいいんだよ。
一人で突っ走られる方が、よっぽど怖ぇから。」
理人は、片桐をじっと見て――笑った。
「うん、分かった。
ちょっとだけ、頼りにしてあげる。」
「“ちょっとだけ”じゃ足りねぇよ」
「じゃあ、もうちょっと“もっと”頼ってみる?」
「……はは、言ってろ」
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だけど理人は、知っていた。
犯人はまだ終わらせない。
“もっと”――その言葉の意味を、これから見せつけてくることを。
⸻
■第4話「もっと」 完!!!
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