食、それは心と体を満たすもの 〜ごちそうさまでした〜
魔王の料理教室は、もはや一地方の催しではなく、人々の健康を支え、生活を彩り、未来を変える“新たな文化”となっていた。
ある日、魔王は一冊の書物を完成させた。
その名は──“魔王のボリューム&ヘルシー レシピ大全”。
だが彼は、その価格を一般的なレシピ本の半額程度にするよう出版社に強く求めた。
また、その売上の半分についても、各地で開かれている子ども食堂や孤児院の運営費として寄付された。
「誰か一人の健康では意味がない。貧しい者にも、食の知恵と喜びが行き渡ってこそ、“料理の力”は真に報われるのだ。」
その言葉は、商業主義の壁を超え、多くの人々の心を打った。そしてこの本は、瞬く間に料理の灯火として国中に広まっていった。
ある寒い夜、小さな家で母と子がテーブルを囲んでいた。
「お母さん、このポタージュ……魔王さんのレシピなの?」
「ええ。ミックスベジタブルを使ったポタージュ。冷凍野菜と牛乳とコンソメ、ちょっとした工夫でとてもおいしくなるって書いてあったのよ。」
小さな手でスプーンを握る子供が、ポタージュを一口。
「……すっごくおいしい! お母さん、ほんとにこれで作ったの?」
「うふふ、信じられないでしょ。でも本当にこのレシピ通りに作っただけなのよ。魔王さんって、すごい人ね。」
「ねぇお母さん、また明日も魔王さんのごはん作ってほしいな。」
「もちろん。これからはこの本が私たちの味方だもの。」
暖かな笑い声が、小さな食卓を包んでいた。
レシピ本の普及から数年。栄養失調や偏った食生活による病は、国全体で大きく減少していた。
かつて、安価な加工食品や不規則な食生活が広まり、特に貧しい家庭の子どもたちに健康被害が出ていたことは、社会問題として語られていた。
だが今、食に対する意識は根本から変わった。
「健康な体は、日々の小さな工夫から作られる」
その理念を、魔王は料理という手段で人々に根付かせたのだ。
子どもたちは魔王のレシピで作ったお弁当を誇らしげに持ち歩き、町の食堂や学校給食にも“魔王式メニュー”が登場した。
その中には、かつて魔王の教室で学んだ町民や魔物の姿もあった。
“ボリューム&ヘルシー”。それは単なるキャッチフレーズではなく、人々の心に刻まれた新たな生き方となった。
広場にて、久しぶりに魔王が現れた。
かつてのように漆黒のマントをひるがえす彼に、誰も恐れの声を上げなかった。むしろ拍手と歓声が、彼を包み込んでいた。
「魔王様ー! レシピのおかげで私、健康診断でオールクリアでした!」
「うちの子、前は野菜食べなかったのに、今じゃアラビアータをおかわりするんです!」
笑顔と声援の中、魔王は静かに語った。
「料理は、我のような者でも人々と心を通わせる手段になりうる。味には、国も種族も関係ない。己を癒やし、誰かを思う心が、最も深い旨味を生むのだ。」
その言葉に、多くの者が目頭を熱くし、そしてまた拍手を贈った。
やがて、魔王の教えは弟子たちに受け継がれた。各地に広がる料理教室では、かつて彼に教わった者たちが、今度は伝える側として立っていた。
その姿は、世界が変わった証そのものだった。
「魔王は、かつて恐怖の象徴だった。」
「だが今、彼は食と癒やしの象徴だ。」
彼の名は、やがて歴史に刻まれる。
──人を倒すためでなく、人を救うために、鍋を振るった魔王。
その功績は、世界が続く限り、静かに語り継がれていくだろう。
そして今も、あの言葉がどこかの食卓で響いている。
「ボリューム&ヘルシー!」
その掛け声が、世界を優しく包み込んでいた。
ダークメシア 飯田沢うま男 @beaf_takai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます