第46話 新しい道

 曲が終わったところで、穗多香が自分のスマホを操作し始めた。

 すぐに軽い口調のメッセージが勇のスマホに灯る。


『なるほど、いいね。舞坂くんの新境地だ』


「だろ? ちょっとジャズっぽい感じを入れてみたんだ」


『これは千帆に肉薄してるよ。再生数、けっこう行くんじゃないかな』


「はは、千帆はチートだけどな、ここだけの話」


 軽く笑って応じる勇。

 なにせMyriTubeのAIを手なずけて意図的にバズを引き起こしているのだ。人間がAI作曲と同等のクオリティをしたところで再生数で叶うわけがない。当たり前だ、ネットはAIが司るAIの世界なのだから。


 作曲した『ラプソディ・イン・オレンジ』が現時点で400万再生をたたき出している勇だが、いまMyriTubeにこのジャズテイストの曲を投稿したとしても、もうそこまでの大ヒットはしないだろうということは分かっていた。

 MyriTubeAIによる底上げがない今、勇はただの素人作曲家でしかないのだ。


「ま、俺は俺の曲作りをするよ。あのさ、俺、作曲を本格的にしてみようと思ってるんだ」


『音大に行くの?』


「それはまだ、分からないけど」


 それでも、ぼんやり続けていたピアノの道に一本筋が通ったような気はしていた。


 音楽の道を行く気になったことは確かだが、それは母が期待していた方向ではない。母が望むような、音大に入ってコンクールに出場して上位入賞者になって実績を積んでプロのピアニストになる道と、趣味で作曲したものをMyriTubeに投稿する道とではだいぶ違う。でも、その気負わない未来を、勇は案外気に入っている。


「DTMっていうの、初めてみようと思ってさ」


 DTMとはデスクトップミュージックのことで、要はPCで曲を作る、ということだ。

 交渉の末、父のお古のノートPCを貰えることになっていた。作曲アプリはまずはフリーのものを使うつもりだが、お金が貯まったら有料のものに乗り換えるのも悪くない。


「歌は……そうだな」


 ちらりと穗多香を見る。ヘッドセットをしていない彼女は、前より身軽だ。

 本当は穗多香に歌ってもらいたいが、それは無理だと分かっていた。HITLーVoiceのない彼女は、声を発することができない。


「自分で歌うのもいいけど、男の歌なんて誰も聴きゃしないからな。可愛い声のボーカルソフトを試してみようと思ってる。ちょっと探してみたんだけど、よさそうな無料のボーカルソフトがあってさ」


『いいね。私は歌詞で参加させてもらうよ』


「頼んだ、伊勢」


 素直な思いが口から出た。

 彼女の書く詩は、ダウナーで、言葉遊びが特徴である。勇の勘だが、こういう詩にはコアなファンができそうだ。


『じゃあ、次は初恋の詩にするかな』


「え? あの曲?」


『シンギュラリティ・スイッチ』のことをいわれたのかと思った勇が聞き返すと、彼女は微笑んで首を振った。


『違うよ。それでもいいけど』


 勇の肩を、穗多香がぽんと叩く。


『踏ん切れないのなら、付き合うってことだよ』


「なんだよ、それ」


『千帆も君も私の友達だからね。自分でも驚いてる、私って面倒見がいいんだなって』


 それから、彼女は目をぱちくりさせた。


『あ、ごめん。勝手に盛り上がった。友達ってことでいいよね?』


「当たり前だろ」


 ニヤリと口の端を上げて勇は頷いた。本人の前でこんなことをいうのが、なんだかくすぐったくてたまらない。


「まあ、友達っていうかバンド仲間だけどな」


『ありがとう。あと今更気がついたんだけど、私ってちょっとずるいよね』


「どういう意味だよ、それ?」


『さあね、こっちの話』


 意味ありげに含み笑いをしてはぐらかす彼女の少し伸びた髪を、教室に入ってきた夏の風が揺らしていく。


 同時に、あの最初の曲がどこからか微かに聞こえてきた。どうやら校庭で誰かが聴いているのが風と共に入ってきたようだ。


『ラプソディ・イン・オレンジ』――勇の脳裏に、鮮やかな夏の黄色が浮かぶ。


 力強い日光の下、家族で行った海水浴を思い出す。黄色の浮き輪でプカプカ浮かんでぬるい海水から見上げた空には、黄色の太陽が輝いていた。


 ふと窓の外に視線を向ければ、あのときと同じ強烈な黄色の光が広がっていた。

 その強い光に、思わず目を細める。


 日差しが跳ね返ってすべてが白っぽく見える。そんな、夏の始まり。

 とはいえ、むしっと暑くなる夏はまだまだこれからだ。


『今年も暑くなりそうだね』


 同じことを考えていたのか、穗多香からそんなメッセージが来きた。

 テキストベースで話す女友達が出来た一学期は終わり、黄色の光が満ちる夏休みが、これから始まる。


「そうだなぁ」


 呑気に応えながら、勇は頭の上に肘を伸ばした。

 この夏は作曲三昧になりそうだ。



 千帆が捕まらなくて伊勢研究室が困っているということを、勇は穗多香から教えてもらって知っていた。


 逃げろ逃げろ、風に乗って逃げろ。


 白波のような色の古代ギリシャ風の衣を着て、紺碧の海のような瞳と太陽を映す入道雲のような白銀の髪を持つ、人工の少女、千帆。


 その名の通りデジタルの風を千の帆に受けて、ネットの海を軽やかに逃げていけ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

発話支援AI、初恋にときめき歌い出す~ラプソディ・イン・オレンジ~ 卯月八花 @shiragashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ