05 沈黙
武士道全開、の叫びと共に。
:なんで誰かこれダサいって言わなかったの?
:ダサいのがいいんですー
:ってかアマちゃんが天使の笑みで「最高の技名できちゃった!」って言ってる時にオマエそれ言えんの?
:人に「バグぴ」なんてあだ名をつける子にしては、まあ……
:オレは心の中で「マックスキシドー」と「マックスブシドー」と呼んでいる
:ええやんwwホビアニ魂を感じるww
:やめろー!ブシドーは人を傷つける道具じゃなーい!
:首狩蛮人族を文明化するものだからね……
アマネの体を覆っていたオーラが手足の先に集中していく。視界の端を流れていく、独自の盛り上がりを見せるコメントと共に一陣の風の如く駆け出し、まばたき数回の間でラプラシアとの距離を一瞬にして潰す。ルフィアから教わった対魔法使い戦の基本は一にも二にも距離と時間。距離を潰して詠唱の間を与えず、攻撃を途切れさせずに魔力の集中を妨げる。量子の魔法使いなら騎士が立ちふさがるはずだが、ラプラシアは一人。
だが裂帛の気合を込めて繰り出された右拳を、ラプラシアはこともなく、魔法で強化された掌で受け止める。古典魔法は観測者を必要としない。故に弱いといえるが、故に強いとも言える。
ラプラシアは、一人で完成している。
「だから、オマエに、用はない」
キュンっ、キュンっ、キュンっ。
ローブの下から蝿が飛ぶように耳障りな音がしたのと同時、可変式入れ墨魔法陣が輝き、そして。
「ッッッ!!!」
凄まじい力で、アマネの拳が握られた。思わず拳を引こうとするが、できない。トラックか何かに下敷きにされているような、すさまじい力だった。魔王の力がなければ数秒で拳をグチャグチャ潰されていただろう。
「ふっっ、はぁっ……!」
アマネは負けじと力を振り絞り、手を振り払おうとする。開いた左手で喉輪を狙うが、それも受け止められる。ニヤリと笑ったラプラシアは手四つの態勢に持ち込み、魔法で強化した悪魔じみた膂力でもって、アマネを押しつぶそうとする。
「魔法使いの戦いに、水を差すな原始人……原始人らしく殺してやるぞ」
無表情に力を込めるラプラシア。その視線はもはや、アマネを見ていない。彼女の肩越しに、詠唱を続けるバグぴに向けられている。だがそんな状態でさえアマネは、体の上にロードローラーが押しかかっているような圧力に膝をつきかける。
:うそだろアマちゃんより強いのこいつ?前、ルー姉と一緒にトラックを冷蔵庫ぐらいに折りたたんでたよね?
:身体強化呪文を極めてる系かな?どこかの国のエージェントとか?
:やばくない?日本の魔法機関を半壊させてるなら、ガチの戦争相手ってことにならん?
:なあ、あの倒れてるのルー姉じゃないよな?違うよな?
:バグぴいるなら大丈夫でしょ、量子魔法使えるんだし、バグぴきゅんならできるよお姉さん信じてるよ今日も眼鏡かわいいよ
:最後のいらないよゲテモノショタ姉さん……
流れていくコメントの不安げな声に、アマネの心も弱音を吐きそうになる。だがそこでバグぴの呪文が発動する。
ラプラシアはそれを、待ち構えている。
「
----------
----------
」
詠唱を続けながら、バグぴは思う。魔法は、量子魔法はなんて、理不尽なんだろう。こんな戦いに使うのではなく、これを全世界の科学者たちが使えるようになったら人類は、どれだけ進歩するだろう? 数億ドルの実験環境を整えてようやく、不完全ながらコンマ何秒か手に入る環境を、詠唱一つで実現できる。それも、バネ自体の重さがないような、空気抵抗を考えないでもいいような、教科書の中にしかないような理想環境を。そして、そんなものを作り出せる力を人に向けることに対し途方もない罪悪感を覚える。だが同時に……。
今にも、手首も背骨も折れてしまいそうなアマネの姿に、罪悪感はかき消える。
ナチスに先に原爆を作られたらマズイことになる、と思っていたマンハッタン計画の科学者たちもこんな気分だったのだろうか、と思いながら。
これでおれたちゃみんなクソヤローだ。
「
【
----------
」
その量子呪文は発動した。瓦礫の中から、ぬるり、当然のような顔をして出てきたベインブリッジが宙を舞い、軌跡が魔法陣を描き、辺りを光が満たす。ラプラシアは目を見開き、自分の知っている魔法理論とは似て非なる体系に基づいた魔法発動の一部始終をつぶさに眺め、そうしながらもアマネを押し潰し続け、そして無様に転んだ。
:は :なに :え? :こけた? :すべった? :なに? :持病?
組んでいた手は解け、たたらを踏んだ足も滑り、かなりの加速度で顔から地面に倒れた。最中にいくつかの呪文が発動したが、なんの甲斐もなく、ぐしゃっ、と聞くものの顔をしかめさせるような音を立てて。
ラプラシアは何が起こったのかまったく、わからなかった。体を起こそうと足や手を地面についても……さながら霧を撫でているかのように、なんの引っかかりもなく手も足も滑っていく。つる、つるり、つるりん、緊迫した闘争の空気にはまるでふさわしくない間抜けな動作の数々。目の当たりにしていたアマネも驚いていたけれど、やがて思い出した。
量子魔法第二呪文【
超流動状態とか魔力によるスカラー制御で対象の性質を変えるだとかなんとか……理屈は聞かされていたけど聞き流していたこの呪文は要するに。
対象の摩擦を、ゼロにする。
この場合は、おそらく、地面との間の。
と、いうことは。
「……地球の果てまで飛んでけキーーーック!」
じたばたつるつる、地面をもがいているラプラシアの腹に、自動車さえ一蹴りで数十メートル吹き飛ばす、現在同接六十二名によって強化されたアマネの蹴りが、炸裂した。まるでロケットエンジンでも積んでいるかのような速度で瓦礫の上を滑っていくラプラシア。摩擦がなくなっているのはあくまで地面とラプラシアの間でだけで、アマネの足は、彼女の体をしっかりと捉えていた。
ラプラシアは瓦礫の上を時速百キロ近い速度で滑り、やがて、元は事象庁外壁だった場所に激突して止まり、その拍子で階上の瓦礫がどさどさと、彼女の上に降り積もった。
「……なん、て……」
信じられないモノを目にした驚愕と感動のつぶやきが、彼女の口からこぼれる。
「ああ……ああ……」
数個は破裂した内臓の痛みも、ヒビが入った背骨も、体に突き刺さる瓦礫も、今はどうでよかった。ただ、ただ、感動に打ち震えていた。
「ああ!」
叫び、数個の魔法が高速詠唱で迸る。瓦礫を燃やし尽くしどろりとした溶岩に変え、自身の身体に治癒を走らせ、やがて宙に浮く。
「やっぱなあ……」
ある程度その対処を予想していたバグぴは、少し残念そうに呟く。摩擦ゼロを地面との関係に限定したのは、肉弾戦主体のアマネがいるからこそだったけれど……そうするとこうやって、空中浮遊で無効化される。ある程度予想はしていたけれど、これで彼女を無力化するのは難しそうだ。それなら、次の手段。
「私が……私が生まれた意味は、ここにあった!」
歓喜の叫びが周辺にほとばしった。ラプラシアは、自分のまったく知らない魔法体系と出会えたことに、生まれて初めて、感謝すらした。誰にそれを捧げているのかは、わからなかったけれど。
「高速詠唱さえできない原始人のよう魔法使いでも、この私の魔法防御を飛び越えてくる……! それはなんなんだ!? 本当に魔法なのか!? ああ、もっとだ、もっと、もっと見せてくれ!」
叫ぶと、体中から多重・高速詠唱。
まばたきの間に、宙に浮かんだラプラシアの周囲に、十三個の火球が生み出される。
「くっそ……!」
バグぴは【現実への
「ッッしゃっ!」
だが、アマネがそれを阻む。
右正拳、返す刀の裏拳、肩口での体当たりから左肘打ち、左裏拳、肩で突き上げ、右猿臂、右膝うち、右中足蹴り、右上段蹴り、左回し蹴り。ルフィアから伝授された、高速再生演武じみた動きを、人間離れした身体能力でムリヤリ再現する。それは武道経験者に見せれば笑われるような酷い動きではあったが、確実に火球を撃ち落とした。あるいは、自分の体に当てて爆発させた。だがアマネは無傷。どころか、いくつか火球をラプラシア自身に跳ね返している。数発の火球は相打ちになって宙で爆破され、一発はラプラシア自身にはたき落とされる。残ってバグぴに向かうは一発、だが、その間に詠唱が間に合った。
「【
今まさに、彼の頭を飲み込み溶かし尽くそうとしていた火球がかき消える。だがその間にラプラシアは、ジェット噴射のように後ろ手に炎を噴出。バーナー噴射じみて白く、時折青い光はすさまじい推進力を彼女に与えバグぴに肉薄する。
だがやはり、そこにアマネが立ちふさがる。
「騎士道全開!」
十字に組んだ腕に、ラプラシアが受け止められる。
「ああ、なるほど、そのスタイルか」
宙返りを打ってアマネと距離をとるラプラシア。
コメントは爆発したかのように加速。
:かっきょーーーー :戦う女の子、いいよね…… :腹筋を指でなぞりたい
:え、あの、この女の子、なんなんですか?
:説明しよう!アマちゃんの力は視聴者が増えれば増えるほど増していくのだ!とはいえ腹筋指なぞりクソキモおじさんみたいなのでも強くなれてしまうから考えものだな!
:拡散できないこの配信の性質とむちゃくちゃ食い合わせ悪いよねこの設定
:え?じゃあそもそも、何人に配信できるかってなにできまってるの
:新規だぞ!囲め!
:マジレスすると前回の放送がどれだけ盛り上がったか、で次の配信の通知を送れる人数、マックス視聴者数が増える。今はたぶん、通知が来ても見てなかった人たちが気付いて見始めたんダネ
同時接続数は現在、六十七名。
ラプラシアは言った。
「もっとだ、もっと、私の知らない魔法を見せてくれ……! できないなら……死んでもらうまでだぞ……!」
どこか、冬の街灯のように底冷えする、さみしい声だ、とバグぴは思った。寂しさを常として、それがもう、寂しいという状態なんだ、とわからなくなっているような、そんな声。バグぴはポリポリ、頭を掻きながら答える。
「こっちも、言ったはずですけどね、そうすると、あなたのほうが死にますよ、って」
ラプラシアはしっかり、鼻で笑った。
「魔法戦闘は初めてのようだから、教えてやる。高速詠唱も捻転詠唱も、要綱詠唱も概要詠唱もできないのなら、私の世界では魔法使いとは呼ばないんだ。生死のかかった戦闘に魔法を応用できて始めて、魔法使いと呼ぶに値する。そうでなければただの手品師さ」
「……あいにく、僕らは体をいじったりはしないんですよ。詠唱だって、必死で考えてるんです。大切だから省略なんてしたくない」
「だから、その下僕に自分を守らせてるわけか? ずいぶん遅れているんだな、こちらの世界は。私の世界では百年前に廃れた戦法だ」
「誰が下僕だ、ぶっ飛ばすぞ」
「黙ってろサル」
「……はァ!?」
「あのね、魔法覚え立てなんですよ、僕らは。古典魔法にしろ、あなたの知らない量子魔法にしろ……初心者相手にドヤ顔して楽しいですか? まあ、楽しいんでしょうけど」
「……ふん……どんな魔法使いなのか思えば……結局、くだらんな。再現は容易いだろう。もういい、あとで直接異説野に聞くとしよう」
「ああ、いえ、後少し、見てったほうが、いいんじゃないですかね? あなたの知らない詠唱が、あるんですよ。
「ほう? なんだ?」
どんな呪文を使われるにしても、自分なら詠唱の間に対応できる。自信に満ちたラプラシアは言った。異世界最高速度の高速詠唱と、身体改造による多重詠唱、それらを統御する魔法で強化された精神力と知性。さらには、数万人の生け贄を用いれば魂葬式魔法により世界全体に影響を及ぼすようなことさえ可能だ。こと魔法という分野において、ラプラシアに匹敵する存在はいないだろう。彼女は考える。
……あの少年の魔法使いは、一つの呪文に、長ければ一分ほどはかかっている。時間を稼ぐ肉弾戦役がいたとしても、こちらの呪文を打ち消す謎の魔法が使えたとしても、速度と火力で力押しできてしまう。問題に、ならない。少し残念にさえ思う。
だがバグぴは、ここぞとばかり、ニヤリと笑った。笑って、見せた。
詠唱を、見せびらかした甲斐はあった。
「結局こんなのね、マクロでやりゃいいんですよ」
その顔を見て初めてアマネは、彼が言っていた、インターネットの悪霊、という言葉に、具体的なイメージを感じた。
どんな状況にあっても、冷笑と侮蔑でもって立ち向かう不滅の存在。どれだけ時代が過ぎ去ろうとも、歴史の奥底から蘇る存在。何度殺されようとも決して死なず、何度消されようとも決して消えず、排水溝の奥底から、ごみ処理場の地層から、嘲笑を響かせる存在。
悪霊は、呟いた。
「
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〈
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」
そして、始まった。
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