04 全開

 :なにこれ? :なんかの被災地?

 :ってかアレ死体じゃないよね?

 :入れ墨の人なに? :バグぴどこ?

 :おーいアマちゃん、配信ついちゃってるよー




 視界の中を、コメントが流れていく。


 コメントにあった通り、何かの被災地、という言葉がピッタリだった。


 火球の炸裂によって取調室はほぼ消滅・・し、無惨に吹き飛ばされた椅子や机、壁が瓦礫となって散乱している。壊れた電子機器を炎が舐め、嫌な臭いのする黒い煙をたなびかせている。天井さえ吹き飛んでいて、三階辺りまで吹き抜け状態。だがそんなことはどうでも良かった。


 瓦礫の山の上、あの女が立っていた。


 蕩けたような顔で、周囲を見渡していた。


 自分が起こした破壊に感動しているように見えたし、同時に、それはどうでもいいと思っているようにも見えた。


 アマネは自分の体を見回す。まったくの無傷。ルフィアが唱えていた呪文が守ってくれたのだろう。その当人は自分の目前で倒れているが、呼吸しているのはわかる。瓦礫にも埋もれていない。


 だが、バグぴがいない。どこかに飛ばされてしまったのかだろうか。


 瓦礫の中で動いているのは、黒焦げでひくつく十数の体と、辺りを見回すあの女だけ。




「おい、早乙女ッ、出るぞ、おいっ……」

「…………センパイ、こりゃ、いったい……」




 戦慄し、動けなくなってしまったアマネを、その声が我に返らせた。振り向いてみると数メートル向こう、無惨に積み上がったデスクの残骸から、初老の男と青年が肩を組みながら這いずり出てきていた。二人は辺りを見回すとその惨状に息を呑む。アマネと、十数メートル離れて対峙する全裸の女にも気付いたようだが……同時に、アマネも気付いた。二人が這い出てきたデスクの下に生白い一本の腕が突き出て、ぱしぱし、助けを求めるように辺りを叩いている。あの青白く細い腕は、バグぴだ。あの地雷女の姿は見えないが……。


 駆けつけようとしたアマネの背に、声が飛んだ。


「火力は調整してある。あと半日は死なないよ」


 弾かれたように振り向く。あの女が、こちらを見ている。


「ああ……赤ん坊程度の魔法技術で、正直がっかりしていたんだ。魔法使いの存在が秘されているなら、それを束ねる組織があるだろうと当たりはつけていたんだが……」


 口の一つが何かをまた、キュンっ、詠唱し、女の体をゆったりとした焦げ茶色のローブが覆う。無風にも関わらず、ふわふわとたなびいている。


「……おびき出されてやってみれば、詠唱速度は亀のごとし、魔法陣技術は幼児の積み木遊び、なにより、肉体を魔法に適応させていない。がっかりすぎて泣きたくなったが……だが……」




 くふふッッッ。




 笑いを漏らし、ぱしん、と額を叩く。




「そんな連中が、私の知らない魔法を、使っている」




 笑いが爆発した。ゲラゲラ笑いが周囲に響く。アマネは、その笑い声に含まれている狂気と純粋さに戦慄した。五歳児が、誕生日プレゼントに狂喜してあげるような笑い声だった。事象庁職員の二人は一瞬だけその笑いに身を固くしていたが、やがて、デスクの下敷きになっているバグぴを救出しようと、瓦礫の撤去を始めている。


 ……少なくとも、その間は。


「くふッッッ、くひふふひふッッッ! ひっ! ひひっ! ああ! そうか、私は、私はこのために生きてきたんだな……! ああ、くそ、どうしてやろうか、まずは……」


 周囲で黒焦げになっているOpusたちの体を見て、体を震わせる女。そしてアマネは、彼女が脳と心臓を集めていた、と思い出す。


 ……やらなくちゃ。


 あの女は、ラプラシアとかいう異世界人は、半日は死なないと言った。よくよく見れば、完全に黒焦げというわけでもない。それなら……やらなくちゃ。たとえ、一人でも。


 助けなくちゃ。


 いつかバグぴを見たときのような思いが腹の奥から突き上がってきて、大きく息をついた。ちらり、倒れているルフィアに目をやる。目覚める気配はない。なら……私が、やらなきゃ。




「…………あの!」




 アマネは、呼びかけた。




「………………オマエ、魔法使いではないな」




 なにかを感じ取ったのか、女はそう言うと手を上げた。瞬時、アマネの全身に鳥肌が立ち、その場を飛び退く。




 ――轟ッ――




 次の瞬間。アマネが立っていた場所を、黒い炎が舐めた。ちりちりと前髪が焦げる音がして、臭いが鼻をつく。そして、気付く。




 避けなければ、死んでいた。


 この人は今、私を殺す気だった。




 戦慄とともに体を満たしたのは、味わったことがない不思議な感覚だった。いじめられていた時とは違う、ルフィアと特訓していた時とも違う、生まれて初めての、熱い、燃えるような、不思議な感覚。




「………………ナメやがって……」




 不思議と、それまでの人生で一度も口にしたことがなかったような言葉が出た。そしてわかった。自分の身を満たしている感情が。周囲の惨状、横たわっているOpusたちの体の惨たらしさ、なにより、それを見て、狂喜して笑っている女。




「ナメくさりやがって……」




 言葉にすると、よりはっきりした。それがなんなのかわかった。この期に及んで少し興味深そうな顔をして、自分を見つめている異世界人。しかも、さらに右手を上げ、瓦礫の中から今まさに這い出てこようとしているバグぴに、破壊の矛先を向けようとしている。




 怒り。




「騎士道全開ッッッ!!!」




 叫ぶと同時に駆け出し、ラプラシアの右手と、バグぴの間に体をねじ込ませた。瞬間、体が黒い炎に包まれる。周囲の鉄筋さえ赤熱させる温度の炎に包まれ、だが。




:騎士道ー、いっぱーーーつの方が良かったんじゃない?

:ってかこのバトル展開なんなん?あの女の人が敵?

:オジさんさあ……ここはマキシマム・シヴァルリィでしょ、騎士道全開のルビで

:中二クンさあ……ここは【かばう】一択だろ?

:ってかアマちゃん防御力上がる設定とあったっけ?

:高濃度のアマバグ成分がリスナーを襲う!

:身体能力超向上も魔王の権能定期

:あーーこれそのままYoutubeに切り抜き上げてぇ〜




 ルフィアとの特訓をひたすら配信していた甲斐あって、五十名に達した同接人数により強化された体は、傷一つなかった。これこそ、魔王の権能。精神的な影響を及ぼした同種の数により、上限なく身体が強化される。それは身につけている服にさえ及び、今や彼女が着ている「なんかオシャレっぽい」服は、魔王が身に帯びる伝説の魔法具に等しい存在となっている……視聴者たちは「魔法使い組織の本部を見学中でーす!」というだけの概要欄しか情報がなく困惑していたが、すぐに順応した。アマネのバトルシーンは、どんなゲーム実況もかなわない。


 アマネは視線をラプラシアから切らず、刑事たちが鉄パイプを差し込み、どけようとしていた瓦礫を蹴飛ばす。地面と水平に飛んだ瓦礫はラプラシアを直撃するコースだったが、彼女の体中からキュンっ、という耳をつく高音が響くと体が輝き、瓦礫は数百の石礫となってその場に力なく転がった。


「なっ、あっ、き、君っ」


 初老の刑事、荒巻がそんなアマネの姿を見て困惑の声を漏らす。横の早乙女は目を丸くして彼女に見とれている。


「ここは私たちが。怪我した人を集めて避難してください」


 もそもそ、這い出てくるバグぴに手を貸してやりながら言うと、刑事たちは首を縦に振る。


「バグぴ、大丈夫?」


 立ち上がった彼は、ひどい有様だった。白っぽい瓦礫の粉にまみれ、幼稚園児とパン作りの最中なのかも、なんて場違いなことを思う。だが。


「……あの捕まえた女が、十三ぐらいの同時詠唱、高速詠唱で、こっちのキャンセルをくぐり抜けてこの有様。僕たちはルフィアさんに守られて……」


 バグぴの視線がラプラシアと絡み合う。わざわざ腕を組み、満面の笑顔でこちらを見つめ、待っている。


「あの女は、僕が魔法を使うのを待ってる。ルフィアさんは……そこか」

「たぶん」

「…………Ω7さんは?」

「………………わかんない」


 バグぴは一瞬辺りを見回し、あの目立つ、ピンクと黒とフリルとレースがどこにも見えないことに大きく、息をつく。


「じゃあ……」


 その後は、お互い、言葉にしなくてもわかった。


 二人して肩を並べ、ラプラシアに向かって歩き出す。




「なあ、なるべく、死なないでくれよ」




 彼我の距離、十数メートル。

 そこでラプラシアが言って、二人は歩みを止めた。


「その魔法を、なるべくたくさん、見せてくれ」


 皮肉でもなんでもない、心からの言葉に聞こえた。


「そうすると……あんたが死ぬことに、なりますけど」


 バグぴも、皮肉でもなんでもない、科学の公式を諳んじるように答えた。するとラプラシアは目を閉じ、ぶるぶると震え、熱っぽい吐息を漏らす。


「死より恐ろしいのは、魔法がなんなのか、わからないまま死ぬことだ」


 そう言いながら両手を解き、す、と胸の前で構える。同時。




「武士道全開ッッッ!!!」




 戦いが、始まった。






※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

毎日18:26更新、気に入ってもらえたら、フォローやいいね、☆をポチッと押してもらえると励みになります。感想・ツッコミ・「読んだよ」だけでも、大歓迎です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る