03 地球の危機だぜ
デートはオシャレしてするの! こういうのはコスプレみたいなものなんだから!
というアマネの主張により、スウェット上下にアマネの父のサンダル履きだったバグぴは、その日の午前中には見違えるように変わった。
「……ほへー……」
上から下まで一揃いを整え、改めて、駅ビルのショーウィンドウに自分を見たバグぴは、妙な息を吐いた。なにかこう、騙されたような気分だった。
鏡の中にいるのは……シンプルな黒いスキニーパンツに、白黒の市松模様が目を引くハイカットスニーカー、古着風に少しプリントの剥がれたTシャツ、と、とりたててオシャレだとは思えない服装だったが……なぜか、オシャレ上級者が「あえて」ぬいたユルさを演出している、風に見えた。色合いの統一性と新品感のせいだろうか、と思ったが、はっきりとした理由はわからなかった。眼鏡は相変わらずなのに……これこそ、魔法のように思える。今の自分を見て、インターネットの悪霊のようなやつだ、と思う人間はどこにもいないだろう……自分も含めて。
「バグぴさ、スタイルいいから絶対スキニーだろーなー、って思ってたんだよね」
ウィンドウを見るバグぴの姿に、隣で満足げな笑みを浮かべるアマネ。試着室から出てくるたび目を輝かせていた彼女が、一体全体どうしてそんなに喜んでいるのか理由があまりわからなかったが、こうしてみると納得はできた。隣で歩くなら、断然こちらがいい、と自分でも思う。
「すきにー?」
「そういう、ピッタリしたパンツ」
「……ああ、skinnyか!」
ファッション用語としてではなく英単語から意味を類推すると納得できた。たしかに、足が細く、長く見える。
「どう? どう? カッコよくない?」
「う、あ、う、うん……? って、言って、いいのこれ?」
「いいに決まってるじゃんカッコいいもん!」
「そっ、それなら、いい、けど……」
落ち着かない。
「あははは、落ち着かない〜、って顔してる〜」
「なっ、そっ、そんな、ことは……あるけど……」
バグぴが、そう言うと。
アマネは、にまぁ、と笑みを見せ。
「…………いいんだよ〜バグぴ〜」
そっと、バグぴの耳元に唇を寄せる。
「今のバグぴはカッコいいよ〜イケメンだよ〜惚れ惚れしちゃう〜」
「ちょまっ、なにをっ」
急に体が触れ、その熱が伝わり、顔が一気に熱くなる。
「んふふ〜ドキドキしちゃうよね〜でもね〜それが普通だよ〜だってカッコいいも〜ん」
「だっ、だからなにをっ」
夏の暑さに少ししっとりとしたアマネの手が肩と、頬に触れ、それかけた顔をウィンドウに向き直させる。ニヤニヤした、吐息混じりの声が耳元で響く。
「ほ~ら見て見て〜カッコいいよね〜すっごい決まってる〜あ~モテるね〜この人〜うふふ〜隣の私も美少女に見えてきちゃうな〜」
「い、いい加減にっ」
しろ、と叫びそうになったところで、ひらりっ、アマネが身を翻し、ケラケラ笑った。バグぴは大きく息をつき……しかし、怒る気にはなれなかった。アマネが言うほどではないにしろ……まあ……そんな風に……思えないことも……なくはない……ような……という、気が、しないでも、ないし……。
「……ったく……なんだってんだ……」
「あはは、ごめんごめん、だってホントにカッコいいから、なんかドキドキしちゃってさ、ふふ」
屈託なく笑ってそう言うアマネに、バグぴの心臓がはねた。
夏の日差しの中、栗色の長い髪を輝かせ、それよりも眩い笑顔。見続けていたらきっと、インターネットの悪霊だって成仏させられてしまうだろう。けれど、そんな内心をどうしてか悟られたくなくて……用事、口にする必要がある言葉を探し、そこ逃げ込んでしまう。
「じゃ、じゃあ、次は、君の服を、買いに行こうよ、僕だけお金使うのは、なんか、悪いし」
「え、いいよ私は、今あんま欲しい服ないし……」
アマネはもう十二分に、バグぴの目からするとおしゃれな服だった。
何かのロゴが入った、コンパクトな丈の真っ白なカットソー。動くたびにちらちら臍が見えて、まともに視線を向けられない。袖も短めで、すっきりとした二の腕のラインが見えて、これまたまともに見られない。どこか軽い感じがする謎の素材の淡い色合いのスカートは、そこそこミニ丈、といった具合で、足元の華奢なサンダル(バグぴがサンダルと聞いて思うようなものではない種類の)と合わせると、これもまた、見ていられない。ころん、とした斜めがけのミニショルダーバッグなど、直視したら弾け飛んでしまう。体中から、夏を楽しむ元気な女の子、という感じがして、ちらりと見ただけで、あまりの輝かしさに、かわいらしさに、全身に満ちる女の子感に、息ができなくなりそうだ。
「い、いやいや、悪いよ、なんか、その、僕だけっていうのは、君も……なんか、お金使いたいもの、ない?」
「えー、今あんま、ないんだよねー、夏服買ったばっかだし……」
「定番は軽めのアクセサリーだな」
「「うわっっっ!」」
突如。
その声がして、二人は飛び上がって驚いた。見ればいつの間にか足元で、ベインブリッジが段ボール箱に入り、二人を見あげている。
「なっ、あっ、君、いつから」
「言ったろ、オレは今さっきあらわれたし、最初からいる。量子の魔法使いのそばに、いないと思えばいるし、いると思えばやっぱりいない。そういう存在さ。だが、魔法使いと騎士以外には見えてないからあまり話しかけないほうがいいぞ」
事も無げに言うと、ざりざり、顔を洗う。アマネは、駅前の雑踏の中にあって誰からも――自分たち以外には――認識されない彼に目を輝かせ、言った。
「べーにゃん、さっき、なんて?」
「アクセサリーだアクセサリー、定番だろ、こういう童貞はな、自分がプレゼントしたものを身につけるということは即ちもうこのオンナはオレのもの、的な発想になるんだよ、服よりそっち買ってつけてやったら喜ぶだろうな」
「なっ、誰がそんなこと」
「思わないってか? このアクセをつけている間は彼女はオレのことを思うのだ……とは、欠片も思わない? 本当に? 胸に手を当てて言えるか? 二人で選んだアクセを彼女が身につけることに一抹のロマンも感じないと? そもそもオマエが今着ているのは彼女に選んでもらった服なのだが、それを着ていることに何かしらの特別な意味を思っているのだろう?」
「え、思っているの?」
「な、あ、え……」
「……ま、金物ジャラジャラつけんのはこういう童貞にはウケが悪いからな、軽めの布か革モノ、まあリボンかチョーカーか、ああ、今みたいに足出してくスタイルならアンクレット的なやつもアリだな、そんなとこか、値段は釣り合わんだろうが、まあ別にそもそもオマエラの金じゃないだろ、好きに無駄遣いしろよ」
「あ、そっか」
それならまあ、とアマネは思い……絶句して再びフリーズしているバグぴを見てくすくす笑い、ベインブリッジの頭を軽く撫でた。
「あんがとね、帰ったらちゅ~るあげる」
「二本な」
「ってか……なんでこういうのわかるの?」
「お前らが知っていることを知っているし、誰かが知っていたことを知っている。オレはそういう猫だし……早いとこ騎士係数をあげてもらわにゃ、地球の危機なんだぜ」
「うそ、べーにゃん地球のこととか気にするの?」
「ちゅ~るがなくなったら困るだろ?」
「そんなに?」
「猫のコカインさ」
どこかハードボイルドな口調に吹き出してしまう。去り際もう一度ベインブリッジの喉を撫で、固まったままのバグぴを引きずり、アマネは駅ビルの中に入っていった。ベインブリッジはしばらく、伸びをしながらその背中を見つめ、やがて、器用にスルスル、人の足の群れをすり抜けながら二人を追った。
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