02 コンピュータがフリーズする時に起きていること

 ポン、と二人に茶封筒を渡すと、ルフィアはどこかに転移して消えてしまった。アマネは、デートはさておき、バグぴと二人で話し合うべきだと思って配信を切った。コメントはかなりブーブー言っていたが仕方ない。


 アマネとバグぴは顔を見合わせ、微妙な顔をしていた。足元ではベインブリッジがざりざりと顔を洗っていたが、何も言わなかった。


 やがて、我に返ったアマネは手にした茶封筒を開け、中を見る。一拍遅れでバグぴもそれに参加し……ひょっとすると、魔法を使えるとわかった時より、大きく目を見開いた。




 一万円札。

 五枚。




 唐突に降って湧いた現金は十七歳にとって、もはや、魔法よりファンタジーだ。顔を輝かせたアマネは飛び上がって叫び……そうになったが。


 すぐさま、現実の重みに押しつぶされた。


「あんな重い話の後に、デートしてこいって……」


 死ぬかもしれない戦いが、この先待っている。そう思うと手にした五万円まで、なんだか重く思えてくる。むしろ、ああこれは本当に汚い話なんだ、と実感してしまう。


 だが、バグぴは軽々しく言った。


「そう? そこまで重い話でもないんじゃない?」

「……え?」

「いやだって、僕らしかできない仕事があるからしてくれ、ってだけだろ。んで、子どもを働かせることになって申し訳ない、と」


 まるで、今日の現国は先生が休みだから自習、程度のことを話す口調で、アマネは目を白黒させた。


「それで、死ぬかもしれなくても?」

「それはどんな仕事でも同じだろ。絶対に死なない保証のある仕事なんてある?」

「いやそれは、じゃあ、普通の会社勤めとかは、死なないでしょ」

「ストレスで脳梗塞やるかもしれないし、ホワイトカラーを狙ったテロに遭うかもしれないし、パワハラにあってうつ病で自殺しちゃうかもしれない」

「そっ……それは、言いがかりでしょ〜それは〜」

「そうだけどさ……人間いつ死ぬかなんてわかんないし、死ぬかもしれない仕事っていったって、その可能性が高い低いの違いだけで、それで、貰えるお金が高い低いってだけだと思うけど」

「言ってみれば、そうかもだけどさ〜」

「いや、なんていうか……」


 少し言いづらそうに口ごもるバグぴ。ベインブリッジがなにか口を挟みたそうにしていたが、尻尾をぱたん、ぱたん、メトロノームのように振るだけで我慢していた。


「死ぬかもしれない仕事が特殊で、特別で、本当ならやってはいけないこと、ついてはいけない職業みたいに話すのって、実際そういう職に就いてる人たちにすげーーーー失礼じゃない?」


 バグぴがそう言うとアマネは、虚を突かれたような顔になり……そして、やがて、納得して息を漏らす。


「……まあ、そっか……あはは、ウチのパパも言ってた、道路で仕事するってことは、いつか絶対必ず事故るってことだ、って」

「お父さん、郵便の人?」

「オレはトラック十六台持ってるんだぜ〜? って意味わかんない自慢する運送の人。すごいんだよ、なんかね、一台、ロボットに変形しそうなトラックがあんの」

「デコトラってやつか、すげー、一回見てみたいな」

「でもまあ……ルフィアさんの話さ……今すぐじゃないんだから、今日のところは、いっか?」

「じゃない?」


 二人は再び顔を見合わせ頷き合う。そしてアマネの目は再び茶封筒に戻り……




「じゃ……うふふふ……」


 五万円!


「デートだ!」




 小躍りして叫ぶアマネ。だがその言葉を聞くと、バグぴはまた、フリーズした。突如WiFiの接続が切れたかのように止まってしまった彼を見て、アマネは少し笑う。




「……ねえねえ、ひょっとして、なんだけど……デートとか、したこと……ない……? ってか……覚えて……ない……?」




 少し上目遣いに、からかうような視線を向けられ、バグぴはますますフリーズした。


 さて、コンピュータがフリーズする際、実際には内部で激しい演算が繰り広げられている。フリーズとは、計算すべき事柄があまりにも巨大で、複雑で追いつけない時に発生するものなのだ。コンピュータは人間とは違い、決してサボったり、気分が乗らないからといって諦めることはない。一那由多までの数の中に素数がいくつあるかを数えろ、などという途方もない問題を出されても、不平一つ漏らさず素直に計算を始めるのだ。それこそ、那由多を超える時間がかかるだろうが。


 バグぴも同じ様な状況にあった。


 自分の人生とは一生関わりがないだろう、という美少女が、自分でもわかるぐらいちょっとしたからかいと、親しみを込め、耳をくすぐるようなかわいい声で、デートの経験を尋ねてきている。もう、何も言えなかった。頭の中で思考が光速で駆け巡る。


 …………覚えてないことにすべきだ……いやしかしそれは嘘になる……でも実際に百%嘘である可能性はない……なんてったって記憶喪失なんだ……いやしかしでも、こんな、文化祭で張り切るクラスの人々を教室の隅から冷笑してそうな自分がデート経験なんて、女の子と付き合った経験なんてあるわけがない……それこそ百%だ……けれどしかし、記憶喪失なわけで……そうだぜひょっとしたらモテモテで困っていたような人間という可能性だって……まああるわけないが……いやちょっと待て、別にデートの経験がないからって何が悪いんだ多様性の時代だぞ男女平等の時代だぞ男の価値は異性経験で決まるみたいな昭和のおじさん価値観はもう……いやでもそもそもデートってあの……


 と、いうような思考を数秒の内に脳内で繰り広げ、やがて、カクカク、スローな動作で、いかにもいじけた小学生のように唇を尖らせ、そっぽを向き、コクリと頷いた。


 アマネはその仕草に、ああ、これは本当の、本当のやつだな……と思って少し嬉しくなった。死んで、蘇らされ、記憶喪失で、魔法を習得しないと出られない部屋に監禁されてもうろたえなかったバグぴを、自分とはまるで違う存在だと思っていたこともあるけれど……こうして顔を赤らめていると、同じ人間に思える。


「にしししし……よーしバグぴ、じゃー、私がリードしてあげましょー!」


 アマネはガシッ、と力強くバグぴの手を掴む。


「なっ、ちょ、おまっ!」






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