第六章 デートと闘い
01 騎士
「というわけで、今日は二人に、デートしてきてもらう」
ベインブリッジと共に量子魔法の訓練を始めてから一週間。そう言ったルフィアを二人は、はぁ? という目で見つめた。
量子魔法の訓練自体はルフィアが驚くほどスムーズに進み、基本の五大魔法と呼ばれる呪文をすべて、バグぴは習得した。通常なら一つの呪文につき一ヶ月かかるのも珍しくはないそうで、ルフィアは驚愕し通しだった。だがバグぴは、ただひたすらに楽しんでいた。
朝、ルフィアと共にアマネの部屋に転移し、三人で部屋や謎の採石場などを行き来しつつ、夜、バグぴはルフィアと共にあの部屋に転移で戻る、という流れ。その中で量子魔法の世界を探求する。それはどんなことよりも楽しかった。その他がすべてどうでもよくなるほど。
ただそれでも、バグぴにとってその単語は、量子魔法の世界さえ一瞬忘れてしまうほどだった。
「デート、って……あ、休日ってことですか?」
アマネは少し驚いてはいるものの、声には喜色がにじんでいる。だがこれはどちらかというと、突如休校になった、という喜び方だった。
バグぴが魔法の訓練をする傍ら、彼女はルフィアと格闘訓練をしている。魔王の力を引き継ぎ、その身体能力は人間離れしたものとなっているが、まだまだルフィアには敵わない。体を動かすのは嫌いではないが、もともとスポーツや武道をやっていたタイプではない。そんなわけだから、休日……バグぴと共に遊ぶのは大歓迎だった。
「まあそれに近いが……失礼」
コートのポケットで振動音がして、ルフィアがGlyPhoneをとる。普通の着信だったようで、口元を押さえながら部屋の隅に行った。
:デート? :デート? :デートって、でーと? あの?
:え、バグぴとアマちゃんって付き合ってる設定だっけ?
:いや普通に二人で遊んでこいってことでしょ?
:童貞多すぎて草不可避www
:なんていうかバグぴ大丈夫?
基本的に、訓練中は配信をつけっぱなし。デートという単語にコメントも少し沸いているのが見えて、アマネは少し笑った。こういうネットのノリは嫌いではないけれど、まだ少し慣れない。
「バグぴー、デートだってさー。どこ行く?」
なんの気無しにそう言うと……しかし、部屋の中央でバグぴは…………固まっていた。先ほどまで量子魔法の第五呪文を練習していたのだが……妙に顔を赤くし、動作がフリーズしている。中腰と直立の間の、何とも間抜けな体勢。足元のベインブリッジが彼を見上げ、ぱし、ぱし、と猫パンチで脛を叩いているが反応はない。
「死んでる」
と、意外そうな声で言うと、くぁ、と大きなあくびをして、それなら好都合とばかりに足の間に入り込んで寝転がった。
:www :死んじゃったw :いいやつだったよ……バグぴ……
:ってか死んでてくれマジでアマちゃんとデートとかマジふざけんな
:おまわりさんJK配信者のガチ恋勢です、予防拘禁ねがいます
:特別高等警察「たしかに承ったぜ」
:ってかこんな国絡みの配信者になんかしようってヤツマジでいたらそれこそ予防拘禁されてもおかしくはないな……
:えだからこの二人つきあってるの?
アマネが何かを口にする前、ルフィアが戻ってくる。その顔は……先ほどまでのどこかリラックスしたものとは、まるで違っていた。
「二人とも、少し、大事な話がある」
彼女がそう言うと、死んでいたバグぴがようやく生き返る。まだ少し、動作がギクシャクしていたけれど。
「あなたたちに戦ってもらう時が、意外と早く、来てしまうかもしれない……遅くとも、二年……一年以内」
だが、ルフィアがそう言うと表情が生気を取り戻し……そして、明らかに喜びの声で言う。
「それは……量子魔法を実践で使えるってことですよね!?」
「え、じゃ私もデビュー戦ですか!?」
待ちに待っていた試合の決まったボクサーじみた反応の二人に、ルフィアはため息をつく。
「詳しく……話したほうが、いいだろうな」
そう言うと、ルフィアは語り始めた。相変わらず部屋の中でも深紫のチェスターコートは脱がないままだ。アマネの部屋の中では場違い甚だしいハイファッションモデル風の出で立ちだったが、彼女の顔の真剣さには、この上なく合っていた。二人の顔も徐々に真剣になり、配信のコメントさえ少なくなっていく。
「私を異世界で殺した、ヨシダという転生者がいる。私はいずれ、そいつが地球に来るかもしれないと思って事象庁を立ち上げ、地球で魔法使いたちを育てている。だが異世界と地球世界の行き来は、この私でさえ、魔心室を捧げる魔法を開発しなければムリだった。一筋縄ではいかない。世界の壁は、銃弾でぶち抜けるほど薄くはない」
バグぴが少し、首をひねる。
「じゃあ……その、ヨシダは、来られないんですか……?」
「いや、遅かれ早かれヤツは来るだろう。そういうヤツだ。大義名分もなく、ただ魔王だから、という理由で私を殺しに来て、それができたヤツだ。自分以外の転生者が来てムカつくから、そんなどうしようもない理由で地球を滅ぼすため、転移の呪文を開発してやって来かねない。ヤツの手下に、そういうのが得意なやつがいるんだよ。そんなムチャクチャなヤツらが地球に来て、戦ったら、どうなると思う?」
「それは…………死ぬ……殺されるかも、ってことですか?」
アマネがそう言って、息を呑む。だがルフィアは穏やかに微笑んで続けた。
「もし我々が負ければ。しかも、全人類。確実にそうなる。あいつが異世界でやってきた悪事を並べ立ててやりたいところだが、それだけで図書館が埋まるよ」
ルフィアはまた大きなため息をつく。
「だから、私はこの現象計画を立ち上げた。ヨシダに対抗できる量子の魔法使いと……」
バグぴを見て、そして、アマネを見て微笑むルフィア。
「それを観測し、守り、戦う、配信の騎士を育成する計画を」
あらゆる量子魔法は、術者以外の観測者を必要とし、事象庁ではそれを騎士と呼ぶ。騎士と魔法使いの絆が深ければ深いほど、量子魔法の効果は高まる。騎士係数と呼ばれる
そしてアマネの場合。
魔王の権能によって配信を行い、この騎士係数をブーストさせられる。秘密保持の関係上、事象庁では騎士だけが観測者となっているが、それをクリアできるなら別に、全世界の人間に観測してもらってもよい。これにより、通常の騎士係数が0.1から0.15といったところをアマネは倍近い、0.25という数字を叩き出せるようになっている。おまけに彼女には、魔王譲りの格闘能力もある。魔法使いを守護し、サポートする騎士として、彼女以上の適任はいないだろう。
:主人公展開やね
:この場合さ、騎士の方が主人公じゃない?
:いやそうでしょ、バグぴはヒロイン枠
:ってかさー、配信を人に言えないって設定外してくれれば、視聴者増えて、もっと騎士係数高まるんじゃないの?
:ラスボスとのラストバトルでもなきゃ許可されないでしょ
:実際それでもムリなんじゃ?一般への衝撃強すぎ
:まあバグぴとアマネに絆を深めあってもらって(意味深)騎士係数を高めてく方向で
:マジほんとふざけんなよバグぴクンがアマちゃん程度となんて
:待ってちょっと待ってバグぴのガチ恋勢いるの
俄にコメントは盛り上がるが、アマネ以外に読めないそれをルフィアが気にすることはなく、構わず続けた。
「だが、この計画は……本来なら、決して、許されてはいけないものだ」
「と……いうと?」
バグぴが首をひねる。
「ヨシダに対抗するため、十七歳のあなたたちをむりやり巻き込んだ私と、自分の利益のため子どもにAKを与えて人を撃ち殺させているテロリスト、なにか違うところがあるか?」
予想外の言葉に、絶句する二人。バグぴはなんとか言葉を絞り出す。
「……い、いや、それは……」
だが、ルフィアは首を振る。
「前も言ったが……私たち事象庁は、あなたたちに、本当にロクでもないことをしているんだ。子どもをさらって、技術を仕込んで、自分たちのいいように戦わせようとしている。そうしなければ地球が滅ぶからといって許されることではない。絶対に」
重たい沈黙が部屋を包む。階下の、アマネの母親がする料理の音と、ベインブリッジのあくびの音が妙に大きく響く。部屋の音はルフィアの魔法で外に聞こえないようになっているとはいえ、たしかに、お母さんがこのことを知ったらどう思うだろう、お父さんは……? と、アマネは不安になる。一応ルフィア、事象庁から、政府の若者向け特別教育プログラムへの参加(謝礼あり)、という形の話は通っているが……。
「だが……その上で、私はあなたたちに、私たちと一緒に戦って欲しいと思っている。絶対に許されなくとも、だ」
ルフィアが改めて、二人を見た。
「それは……どうして…………」
「現状、あなたたちが一番強い魔法使いと騎士だからだ。おそらく、ヨシダと同格であろう魔力を持つバグぴさんと、魔王としての権能を持つアマネさん。あなたたち二人にかなう人間は、もはやこの地球上にはいないよ。私ももう、魔力の面ではバグぴさんの十分の一程度だからね。そんな最強の力を子どもに持たせるわけにはいかない、という意見も根強かったが……私が押し通した。そうしなければおそらく、ヨシダには勝てないからだ」
「そ……そんなに、強いんですか?」
「ああ。異世界では最強だった。だが……そこまで怯えなくてもいい。異世界人は量子魔法を知らない。九割九分、私がこちらに来てから開発したものだからね。とはいえ……アイツなら、それさえ覆しかねない。そういうヤツなんだ、私が、あなたたちに、いつか戦って欲しいと言っている相手は……もちろん、最大限にサポートはする。あらゆる戦い方を教えるし、あらゆる装備を用意する。望めばどんな家でも住めるだろうし、どんな場所にだって行けるだろう。特にアマネさんに関しては、近々ちゃんとした、すべての説明をご両親にもするつもりだ。そうしたら月給だって出すし、有給だって取れるぞ、私よりね。学校を優先したいと言うなら配慮もする」
軽く肩を竦めるルフィアに少し笑う二人。だが、そこでルフィアは真顔に戻る。
「それでも、あなたたちには重々わかっていてほしい。これは、汚い大人たちが、あなたたちをいいように利用し、搾取しているから起きていることなんだ。絶対に、何があっても絶対に、許してはいけないことだ」
そういうルフィアの顔は、決意に満ちていた。
「私はあなたたちにいつくびり殺されても、文句は言わない。警察もなにも言わない。それで償えるとは思っていないが、そういうことにさせている。私は色々、ムリが言える立場でね」
ルフィアが冗談で言っているのだと思って、バグぴは笑いそうになった。まさか、そんな冗談を真顔で言う大人がいるなんて、思ってもみなかった。けれど、ルフィアの顔には、ひとかけらのウソもなかった。氷の彫刻じみて美しい顔は、本当に氷でできているかのように、冷たい決意で満ちていた。
「もしあなたたちが私を殺さないとしても、あなたたちには怒る権利がある。傷つく権利があるし、傷を癒やす権利があるし、傷つけられない権利もある。ぶち壊す権利がある。すべての子どもが同様に持っているすべての権利を、あなたたちもまた持っている。その権利を、私は、命に代えて守ると誓う」
そう言うと、ルフィアは二人の前に跪き、手を突き、頭を垂れた。
「春原春子。冬峰凛子。魔王ゼルフィア。春峰ルフィア。四つの名と一つの命をもって、私はあなたたちの権利に永久に尽くすと、ここに誓う」
さながら、本物の騎士のようだった。映画やアニメでしか見たことがない仕草を実際にやる大人に、バグぴはまた笑いそうになったけれど、実際にはかけらも出てこなかった。それどころか、息を呑んでしまう。ルフィアの仕草が、本当にきれいだった。美しかった。朝靄に煙る太古の森の中、露に打たれ頭を垂れる若葉のようで。
「…………と、脅しすぎてしまったな。すまない。まあ、頭のおかしなおばさんが妙なことをしてただけだ、あまり気にしないでくれ」
そう言って笑うと、ルフィアは立ち上がる。
「……ヨシダの話は、なにも今日明日ってことではないんだ。今受けた呼び出しも、ひょっとしたら野良の魔法使いがあらわれたかもしれない、程度の話でね。ヨシダと関わりはないだろうが、念のために最大級の警戒を、というだけの話さ。もし君たちがこの話に前向きなら……捕まえたら見に来るといい。自分たちがどういう戦いに身を投じることになるか、それは分かっていたほうがいい。もちろん、来なくてもいいよ。あなたたちが私たち事象庁、異説局に来るか来ないかを決めるのも、まあ今年中に返事を聞かせて貰えたら助かるな、程度の話でね」
大きく息をつき、ルフィアは続ける。
「物語に一番必要なのは、自由意志だ。この時代にもはや、自由意志は幻想でしかないが、魔法使いは幻想を現実にする仕事だ、とも言える。まあ平たく言えば……読めと強制される本ほどつまらないものはないだろう? これは、私たちではなく、あなたたちが作る物語なんだ。だから今日のところは……」
そして、ウィンク。
「二人でデートを楽しんできてくれ」
言うが早いか、転移の呪文を唱え……一度やめ、もう一度ウィンクして言った。
「そうそう、デート中は配信を切っておけよ」
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