02 ジェネレーション・ギャップ

「も、もー、あんな、誰とも会わない日の部屋着の時に、急に来ないでくださいよね〜、あはは」


 自分も座り、手で顔を仰ぎながら言うアマネ。


「それについては、申し訳ない。緊急だったのでね……さて」


 ルフィアは出されたコーヒーに口をつけ、すっかり顔を赤くしている両者を満足気に見つめると、口を開いた。


「改めて、自己紹介しておこう。私は春峰ルフィア。地球では春原春子はるはらはることして理論物理学者をやっていたが、異世界に転生し、そこで魔王ゼルフィアとなり、やがて転生者の勇者、ヨシダに倒され、瀕死となり、この地球に戻ってきたところで、同じように瀕死だった冬峰凛子と出会い、融合し……そして、現在に至る」


 ルフィアの言葉の、理論物理学者、冬峰凛子、という単語で、バグぴとアマネは我に返る。バグぴは反射的に、専門は? と聞きかけ、アマネのことに思い当たって、口をつぐんだ。


「あの……それなんですけど……」


 アマネは遠慮がちに口を開き、改めてルフィアを見る。見れば見るほど、怖いぐらいの美人だ。生みの母親である冬峰凛子の面影が……あるような気は、しないでもないけれどよくわからない。


「……たまたま、だったんだ。瀕死で落ち延びた地球に、たまたま、瀕死の彼女がいた。私は魔法で、自分と彼女の傷を癒そうとしたんだが……お互いにもう、どう傷を癒してもどうしようもないところまで来ていた。だから、融合を提案した。魔王の権能の一つでね、他者と合体して互いの力を融合できるのは。互いに瀕死の状態で融合してしまったから、分離ももう、不可能だ。それ以外に、互いが生き延びる手段はなかった。幸い、彼女はすべてを知って首を縦に振ってくれた。だが……」


 ルフィアはそこまで言うと、アマネに正対し、頭を下げた。ほぼ土下座で、アマネは慌てふためく。


「地球の命を、あなたの母親の命を、弄んだことは確かだ。それについては、申し開きのしようもない。許してくれとは言わないが」「いやいやいやいや、あの! えーと、そんなそこまで、っていうかあの、私、凛子さんのこと、全然覚えてないし……!」


「アマネさんのおか……元お母さんは、なんで瀕死だったんですか?」


 と、バグぴが助け舟を出すように口を開く。ルフィアは頭を下げたまま答えようとしたが、アマネがむりやり元に戻す。


「……彼女は公安に勤めていらしてね、半グレ組織におとり捜査で潜入していたんだが、それが露見して、ということだったらしい」


 そう聞いて、アマネが目を見開く。


「うそぉ……そんなことやってたんだ……」

「アマネさん、聞いてなかったの?」

「っていうか、ほとんど記憶ない。五歳の頃にお父さんと離婚したんだけど……警察のお仕事で忙しいからって家にはほとんどいなかったし……マジで思い出ないの。私もなんか、お母さんって気がしなくてずっと、凛子さんって呼んでたし、本人もそれで良さそうだったし……っていうか、さん?」

「へ?」

「アマネ、さん? なんで急に距離とるの?」

「え、あ、いや、なんか、あの、あー、ご、ごめん、ア、アマネ……」


 訝しげにひそめられていた眉はそこで戻り、アマネは満足そうに息をつく。


「今、凛子さんの記憶はあるんですか?」

「すべてある。だが私は……冬峰凛子、ではない。春原春子、魔王ゼルフィア、冬峰凛子が混ざり合って、春峰ルフィアというまったく新しい人間になった、そう思ったほうがいいだろう」

「……へ〜、魔王って、そんなことできるんだ……」

「……わ、私はその、言うなれば、あなたの母親を、この世から……消して、しまったわけなんだが……」


 気まずそうなルフィアを見て、しかし、アマネは笑う。


「あ、いやー、なんていうか、その……ほんとに全然、覚えてないんですよ、凛子さんのこと。だからなんか、それに怒るだろうって思われても……それに、魔王ゼルフィアさんも消えちゃったわけですよね? だったら別に……なんていうか、緊急避難? だったわけで……」


 むしろ、困ってしまう。それでアマネは、ルフィアとの間に溝を感じた。とはいっても別の種類の人間だとかそういうことではなく……五歳の時に両親が離婚した、などと言うとさもこちらを、特別な事情がある配慮の必要な子、扱いしてくる大人と同程度の溝だけれど。だいたい、自分の家族に問題があるとしたら圧倒的に、今の母親なのだ。


「まあ、アレです、ルフィアさん、その葛藤はまあ、ルフィアさんだけで抱えてもらうとして、お話の続き、いいですかね?」


 バグぴが助け舟を出してくれて、少しホッとした。そこでルフィアも息をつき、改めてアマネを見つめた。


「で、では……さて……アマネさん、あなたに言っておかなければならないことがある。さきほど言った、この先は、あなたの力が必要になる、という点についてだが……」

「あの、その前に、バグぴのことを説明してあげるのが、先じゃないですか?」

「ん、ああ、いや、それは後でいいよ」

「いいわけないでしょ!?」

「だから……」


 バグぴは少しだけ考え込む素振りを見せる。額に手をあて、少し俯き、遠い目をしてまるで呪文詠唱かのように言う。


「つまり……異世界から、勇者が、地球に攻めてくるかもしれない。ルフィアさんはそれに備えて地球、日本に、それに対抗する、秘密の魔法組織を作った。それが、事象庁、異説局。ルフィアさんはその局長で……僕は、勇者に対抗するため、一家まとめて交通事故にあったから、後腐れなく使えるぞってことで蘇らされて、勇者に対抗する力をつけさせられている最中……この、勇者対抗計画の名前が、現象計画。僕が、記憶喪失で、あの部屋で目覚めた理由。合ってます?」

「……ああ。間違いない」


 アマネはそこで改めてバグぴの、触れれば切れるような頭の良さを実感した。


「さて……だからまあ、僕はいいとして、ア、アマネのことについてだけは、まだよくわかんない。どうしてアマネなのか、配信だったのか、は謎のままだ」

「参考までに聞いておくが……バグぴさん、あなたはどういう風に予想している?」

「さあ……観測のため、ですかね」

「……本当の、本当に、君は、頭が、いいんだな」


 改めて嘆息し、しかし、ルフィアはどこか、悲しそうな顔をした。


「……さて、アマネさん、あなたのことについて、話させてくれ。あなたは今……生物学上は、私の子どもであると言える……ここはいいかな?」

「……はあ、まあ……」

「うん。すると、こうも言えるんだ。あなたは今、魔王の子孫でもある、と」

「…………はい?」

「まあ、そういう反応になるのもムリはない。魔王の方、春原の体とも、あなたとの遺伝的な関係はゼロだからね。しかし、魔王の血や魔法はどうも、そう判断しないらしい。たとえば今、私が実の子どもにしか効力のない魔法を使ったとして、あなたには効果が及ぶんだ。なぜか、は問わないでくれ。まだ研究中でね」

「は、はあ……」

「それで……私は魔王だった、と言ったね。魔王の力は面白いものでね、魔法とは少し違う、異世界でも他に類を見ない、特異な権能が魔王にはある。身体強化も目を見張るモノがあるが……最も変わっている点は……自分の子どもに、その力を移譲できる、という点だろう」


 徐々に、ルフィアが何を言っているかがアマネにも掴めてくる。


「ちょまっ…………え、私に、魔王になれってことですか!?」

「いや、何もあなたに、世界征服を目指して頑張れ、などと言うつもりはない。ただ……魔王の力を受け取って……」

「……受け取って?」


 意を決したように、ルフィアは、言う。


「バグぴさんと一緒に、戦ってほしい」

「やります」

「……は?」


 語尾を食い気味に即答したアマネに、今度はルフィアが困惑の声を漏らした。


「いや、だから、やります。その、魔王の力があれば……私も、バグぴみたいになれるってことですよね?」

「いや……彼と同じ、というわけにはいかないが……だが、超常の力を得ることには、なる」

「じゃあやります」


 やはり、即答。


 アマネの中で、炎が燃えていた。


 彼女の中にぼんやりと燻っていた『バグぴが羨ましい』という思いが、そのはけ口、いや、酸素を見つけて燃え上がり始めたようだった。


 小さな頃から、流れ星に願いを祈ったことはない。流れ星に乗りたかった。

 お姫様には憧れたけれど、王子様にも憧れた。

 けれど一番憧れたのは、ルパンと仲間たちの関係。


 互いの背中を任せられて、もし敵対しても、信頼は消えない。そんな関係。人生にすばらしいことがあるのだとしたらきっと、そんな相手を見つけられることだろう、と思った。


 そして今。自分とバグぴが対等になって、そんな関係になれるかもしれない、と思った。思ってしまった。断る理由はもう、どこにもなかった。


 一方ルフィアはまた、虚を突かれた顔になり、やがて苦笑し答えた。


「わ、わかった…………ハハハっ、あなたたちに土下座して、殺される覚悟まで、してきたんだがな……」

「え、なんでですか?」

「……凛子さんのことは、さておくとしても……バグぴさん……我々は、あなたの死を、冒涜したんだ。係累のいない若者の事故死体。それを手ぐすねひいて待っていた。ひょっとしたら起こるかもしれない、程度の危険性……異世界からの侵略に、対抗するため、強力な魔法使いを育成するためだけに。それで……」

「いや生き返らせてもらって、魔法まで教えてもらって、感謝こそすれ別に怒りとかは、ないですけど……?」

「……ふふ、はははは、そうか、なら、いい。だが、覚えておいてくれ。私は、そして我々事象庁は、あなたとアマネさんに対して、とんでもなく大きな借りがある。もしあなたたちに何かを頼まれたのなら、総理大臣の右腕を切り落として持ってこい、ぐらいまではやるつもりでいる。それは覚えておいてくれ」

「ちょちょちょ、そんなこと頼まないですよ!」


 と、アマネが言うが……そこでバグぴは抑えきれなくなったのか、早口で捲し立てる。


「あそういうのいいんで次の魔法のヤツお願いできますかここから先は量子の世界なんですよね!? ってことは、ってことは、うひ、うひひひひひ! アレすか、二重スリット観測実験から行きますか遅延選択消しゴム実験までいきますか!?!?」


 二人の態度に三度、彫刻のように美しい顔にはあまり似合わない、人間臭い、きょとん、とした顔を浮かべ、ルフィアは笑う。


「……よし。そういうことなら……前までの段階であなたは、古典魔法、物体を操るモノの魔法について学んだ。これからはコト、概念や事象自体を操る、量子魔法について学んでもらう……まあ、それが終わった辺りで、なんのためにそうするのか、ということぐらいはしっかり一から聞いてもらうぞ」

「はいはい、はいええ、そりゃもちろん、で何から始めれば?」

「ふふっ、量子魔法は古典魔法とまったく違う。詠唱も、新たに学ばなければならない……あなたがこれからやるのはシュレディンガー訓練。【猫の気持ちを考えて】もらう。数週間はかかるから、気長に行こう」


 言葉の意味不明さにさすがのバグぴも怪訝な顔になるが、気にせずルフィアは続けた。


「そしてアマネさん、あなたがやるのは、魔王の権能を使いこなしながら、バグぴさんの訓練をサポートすること。魔王の権能は、同種の支配を司る。つまりアマネさん、君がやるのは……」


 同種の支配、などと剣呑な単語を耳にして、体に力が入る。だが、次の言葉でそれが、一気に抜けた。代わりに、疑問符が浮かんできたけれど。




「配信だ」






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