04 勇者と呼ばれたいわけじゃないけど魔王を倒さなきゃいけないから仕方ない

【side:吉田一郎】


 もちろん、ここは異世界なので魔物がいる。ってことは当然、魔王もいる。そして魔王を倒すのは? 当然、勇者だぜ!


 この異世界で勇者とは、魔王を倒せ、と言われるヤツのことじゃない。魔王を倒した証に得られる最強の、称号だ。魔王とは何か、については……魔族の王、そのまんま。だがのじゃロリではないらしい。えーマジすか。人間、エルフ、ドワーフ、ハーフリング、獣人、それぞれの国家、すべてを支配下に収めた征服王ヨシダと呼ばれているオレだが、それはあくまでも魔族以外の話。大洋を挟んだ別の大陸は魔大陸と呼ばれ、魔族が跋扈し魔王が統治する世界なのだ。


 力を求めるなら勇者の称号を手に入れるのはマストだ。この異世界でもう、オレにかなうやつなんてラプラシア以外にいないとは思うが、魔王の力は強大だと聞く。それに魔族の軍事力は、いつか必ずこちらにも牙を剥く。だったら、やるしかねえ。先んじて芽を摘んでおくに越したことはない。結果、勇者称号を手に入れて、勇者サマ、なんて呼ばれるようなことになっても、まあ、仕方ない。仕方ないよね、うん。


「つまり、ヨシダは勇者と呼ばれたいわけじゃない、という理解でいいか?」


 宮廷魔術師となったラプラシアは、魔大陸への遠征前、不思議そうな顔で言った。


「いやだから、なあ、オマエ、こういうのもお約束なんだよ、あーあ、まいったなあ、オレは勇者なんてガラじゃないのに……的な? そういう建前があってこそ、勇者って称号は輝くんだよ」

「相変わらず、オマエの言っていることはよくわからないな」

「アびゅッ」


 そう言いながらも杖を振るい、牢獄の中の反逆者に数千倍の重力をかけ圧壊死させる。野球のボールサイズになった死体はすべて自動的に床のダクトを通り、下の大鍋に送られる親切設計だ。


 魔法学者としてのラプラシアの才能には、驚くべきものがあった。オレと来るようになって、原理的に不可能と言われていた魔法の多重詠唱や圧縮詠唱を開発し、重力や速度のコントロールなど、神の領域とされていた分野の魔法も発明した。生贄を捧げることで魔法効果を、理論上は無限に高められる魂葬式こんそうしきの開発者もこいつだ。


 とはいえ、その発展のためには何千、何万もの実験体が必要で、オレはわざと厳し目の統治をして、反逆者を片っ端から捕らえてそいつらをあてがう、みたいなことするハメになっていた。結構めんどくさいし、なにより、異世界に来たから悪人プレイを楽しむぜ、ってのもあるけどやっぱり、いいことをしてチヤホヤされたい、って欲求は大きい。まあ、悪い王様ロールプレイも楽しいからいいんだけどね。だが、ふと気になってラプラシアに、オマエ罪悪感とかある? と尋ねたところ、きょとんとして言われた。


「だから言ったろう。私は魔法以外どうでもいい、と。その罪悪感というのはなんなんだ? またオマエの故郷の話か?」


 ……うーん! 頼れるヤツだぜラプラシア!




「んじゃま、ちょっくら魔王をしばいて勇者になってくるからよ、留守は好き勝手にやっててくれ、統治はハーレムのメンツに任せてある。必要なモンがあったら連中に言ってくれ」

「わかった。気を付けて」

「ああ、行ってくる」




 魔大陸に到着したオレはまず、魔大陸の上空を飛行しながら、ラプラシアの開発した広域制圧魔法を使った。自分の体から致死性、伝染性のウィルスをばらまき、周辺の生物をあらかた殺害するやつだ。ウィルスの効果から詠唱者自身が逃れることはできないのだが……


 ぐびぐびッ。


 オレは小一時間ごとにすべての病を治すポーションを飲んでいるので、完全に平気だ。それに魔族がいくら、体中の細胞を融解させながら呪いの言葉を吐きつつ死んだところで心も痛まない。とはいえ流石のオレも、父親と母親が子どもを守ろうと覆い被さって、けど結局子どもと一緒に溶けて死んでくところを見たら……何か思うかと思ったけどあんまりなにも、だった。まあ魔族って、人を食べる種族だしさぁ……それになにより、魔王の力とは、魔族の数によるところが大きいのだという。なら、事前に力を削げるだけ削いでおくに越したことはない。


 数週間、谷や森の奥深くまで念入りに疫病をばらまき、魔大陸中央の魔王城に到達。さすがに衛兵や魔王直属の軍隊なんかは少し残ってたけど、オレにかなう相手じゃない。


 しかし、玉座の間で出会った魔王は、どうも、何かが違った。


 この異世界には存在しないはずの、眼鏡を、かけている。


 そう、ないのだこの異世界には。レンズを作る技術はあっても、近視や遠視はポーションや魔法で治ってしまうから、眼鏡を発明する必要がない。オレに眼鏡っ子属性がなくて良かった。


「フゥー……」


 玉座に深く腰掛け、気だるげな頬杖をつき、ことさらにめんどくさそうなため息をついた魔王は、レンズ越し、オレを見る。氷関係の異名が付けられてそうな美貌の、長い黒髪をした二十代後半ぐらいの外見の女。その顔つきもどこか、この異世界のモノには見えなかった。魔族の外見はそもそも人間離れしてることが多いが……


 日本人に、見える。


 恐れてたことがとうとうやってきたかもしれない、と、オレの頭の中で警報が最大限に鳴る。魔力を限界まで高め、あらゆる事態に備える。




【ずいぶんとまあ、好き放題やるんだな】




 日本語。




 翻訳のマジックアイテムが普及してる異世界に来てから、ついぞ聞くことはなかった、オレの故郷の言葉。日本語。




 こいつ、転生者だ。




 そして、オレが転生者だとわかってる。




 そう気付いた瞬間、顔が真っ赤になったのがわかった。頭の中が、ただ一言で埋め尽くされる。




 とられる・・・・




【一つ言っておくが私は】




 言葉半ば、反射に近い速度でオレの最大魔法が炸裂した。ラプラシアが開発した圧縮詠唱法により、天地開闢に等しいオレの全魔力を純粋な破壊エネルギーと化し相手にぶつける。チリ一つ、原子一つ残さず相手は消え失せる。


 魔族をほぼ失い、全盛期の数千分の一に衰えているだろう魔王相手に、万に一つの負ける可能性もなく、そして実際に、魔王と、玉座と、玉座の間と、魔王城の後ろ半分と、魔大陸の半分を消し飛ばして勝利しても。




 オレのパニックは、収まらなかった。




 この異世界に来てるのは、オレだけじゃ、なかった。

 地球から、オレ以外の転生者が、異世界に来てる。




 その事実に気がついたオレは、しばらくそこで固まってた。動く者のいなくなった、文字通り半壊した魔王城で、しばらく動けないままでいた。初めて知るその事実を、自分がどう感じ、どう思ってるのか、よくわからなかった。


 だが、しばらくそうしてるとやがて、馴染みの感情が湧いてくる。怒りだ。




 許せねえ。

 絶対に、許されねえ。


 ここは、オレのだ。

 オレの、異世界だ。


 この異世界は、オレの物語だった。

 オレだけの舞台だったんだ。




 勇者称号を得たからだろうか、天から光が降り注ぎ、オレを包み、今まで以上のさらなる力が湧いてくるのが分かる。けれど、そんなこともどうでもよくなるほどの怒りが、オレを包んでた。




 絶対に、許さねえ。

 転生者は、皆殺しだ。








 今振り返ると、この時のオレが、あとほんの少しだけ魔王と会話をしてれば、すべて、丸く収まってたのに、と思う。自分以外の転生者と地球話で仲良くなる、なんて展開は腐る程読んできてたし、好きだった。けれどこの時は、どうすることもできなかった。魔王が玉座に仕込んでた、緊急回避用のトリックにさえ気付けずにただただ、怒ってた。


 自分のモノを盗られた、って気持ちが抑えられなかった。盗られたどころか、踏みにじられた、とさえ。


 だからオレは、怒って然るべきなんだ、と思ってた。この時のオレが抱いてた怒りと、同じ種類ものをあげるなら……


 ……タグも前書きも何もなしでヒロインのNTR展開があって、作者のSNSを見たら、ショックを受けるこちら側を軽く揶揄する感じで草混じりの投稿があったのを見た時、だろうか?


 今思えばただ、放っておけばいいだけ話だが……そんなものは、子どもが学校でからかわれてる時に親から言われる「相手にするな」みたいなもので、何の意味もない正論だ。


 それでも、オレは思う。


 あの時、魔王と話せてたら。


 そしたら、オレは、オレたちには、何か違った結末があったのだろうか?







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