03 あまくて、かゆくて

「長らく解説もせず、訓練に打ち込ませてしまって申し訳ありません、バグぴさん。ですが、どうしてもこうするより他になかったのです」


 ピアが語り始める。


「魔法を使うために、まず何よりも必要なこと、それは物語を信じること。ですが現代の地球人にとってそれは、最も難しいこととなっています。ほぼすべての物語が、虚構として地位を確立しているからです。ですが、それでは魔力は生まれない。魔力を生み出すために必要なのは、虚構は真実であるという理解・・・・・・・・・・・・・……即ちそれが、物語を信じるということ」


 アマネは呆然としていた。


 ここまでは、無理矢理だが納得はできた。奇矯な金持ちたちがデスゲームごっこをしている、実は全部Youtuberの企画……だが、ここからはもう、無理だ。


 配信画面の中に、魔法が、実在している。


 握りこぶし大の白い光球が、部屋の中を照らしている。


「種明かしをしてからでは、学習効率がかなり低下すると判明していますので、重ねて、非礼をお詫びいたします。ですがここからは」




「うるさい」


 バグぴは言った。




「バグぴさん、申し訳ありません、今すぐにでもこの部屋から出たいと仰るのであれば」

「あ、ああいや、いいから、ちょっと、黙っててくれ、あ、いや……ああ、そうだ、アマネ、代わりに聞いといてくれない?」


 返事を待たず、バグぴは光球を見つめ、周囲で照らされる物体をを見つめ、作られる影を見つめ、光球の周囲で手を振ったり、突っ込んでみたり。


「……バ……バグ、ぴ……?」

「あ、ん、うん、ごめん、なんか頼んじゃって」

「いや、あの、バグぴ? なんかあの、ピアが色々説明して、くれるみたいだよ……?」

「ああ、うん、ちょっと、今、それどころじゃないから、ごめん」

「は? ……いっ!? いや! だから! それを今! ピアが説明してくれる感じだったじゃん!」

「だから! それどころじゃないんだって! 魔法の億倍やばいぞコレ! 違うんだよこの光! この光、地球の光と、違う!!」


 どたばた慌ただしく本棚から本を取り出し、光球の周囲に並べていくバグぴ。アマネはもう、何も言えなくなった。


「マジかよ、おい、干渉縞が出ないって……うそだろ、波長が、ない……?」


 ぶつぶつ呟き続けるバグぴに、ピアも少し呆れた声を出す。


「あはは、彼はこうなると、ムリですね、落ち着くまで待ちましょうか、アマネさん」

「……ピア、どういうことなの?」

「そうですね、あなたもこの話を聞くべきです。魔法とはつまり――」


 バグぴが何かの実験に夢中になっている間、ピアは語り始めた、魔法の本質を。


「魔法とはつまり、異世界固有の物理法則です。ある異世界――ここでは勇者世界と呼ぶことにしましょう、勇者世界に生きる知的生命体は、脳に異説野いせつや、心臓に魔心室ましんしつと呼ばれる特異な部位を持っています。これは物理的にに位置し、肉眼では見えない存在ですが、脳と心臓に密接に結びついています。物語を信じるとこの異説野で魔力が発生し、血流に乗って体を巡り、心臓に到達します。そして心臓の魔心室で魔力が増幅され、魔法を発生するに足る魔力となるのです」

「ちょ……え……あ……い、いせ、かい……?」


 魔法があるんだから当然、とばかりに異世界の存在を伝えられアマネは当惑した。もちろんアマネも、昨今の異世界モノは知っている。元になったような幻想小説も知っている。知っているが……ピアは平然と続ける。


「勇者世界には、今も地球から転生者が訪れます。年に数人ほど。少ないようで、十分に異常です。さて、ある時その勇者世界から、一人の異世界人、魔王が、この地球にやってきました。魔王はそもそも、地球から勇者世界に渡った転生者でしたが、勇者世界で勇者に敗北してしまったのです。そして地球に戻った魔王は気付きました。異世界から自分が戻ってこられたのなら、やがて、勇者も来られるようになるだろう、と。そして魔王は、地球で魔法を使うための研究を始めました」


 異世界に続いて魔王と勇者、という典型的な単語まで出てきて、もう声も出ないアマネ。


「やがて魔王は、勇者世界の魔法を地球でも使う手段を見つけました。そして同時に、まったく新しい魔法も開発し、従来の魔法を古典魔法、新たなそれを量子魔法と名付けたのです。古典魔法を地球にもたらし、量子魔法を開発した魔王――元魔王は、しかるべき地位の人間を説き伏せ、やがて来る勇者に対抗するため、影の機関を作り出しました。それが、超常を国家が統括するための機関、日本国内閣府事象庁じしょうちょう、そして元魔王を局長とし、勇者襲来に備える異説局いせつきょくです。私、プリンキピア・マグスはその異説局第一開発部によって開発された、汎用魔法支援AI、というわけです」


 国家にまで話が及び、アマネは少し笑いそうになった。マンガのあらすじか何かにしか、思えなかった。きっと主人公はひょんなことから能力が目覚めてその秘密組織、異説局に入って……主人公?


「ちょ、ちょっとタンマ! でも、でも今の話とバグぴに何の関係が?」

「ここから先はまだ話せません。ですが、バグぴさんとアマネさんには、地球を守る大切な使命があ」「おいおいおいおいやばいやばいぞ! この光、波の性質がない! 完全に、粒子としての性質しかない! 下手すると……いやまさか……光速まで、そんな、c、cが……!?」


 どこか真剣なムードだったアマネとピアの会話をバグぴの声が遮った。どうやら本を組み合わせ二重スリットを作り出し、魔法の光球が放つ光の性質がおかしいことに興奮しているらしいが……。


「……うーん、バグぴくんは、きっと、とっても、物理学の好きな人だったんだね……」


 アマネはもはや、温かな笑いが出てきてしまった。


「え、なんだよ急に」

「あの、あのねえ……! 今ピアが説明してたでしょ、大事な話!」

「聞いちゃいたけど、たぶん、アレだろ? ジャンプの打ち切り漫画にありそうな……僕はたぶん……あ、そうか、たぶんもう死んでて、それを生き返らせたってとこじゃないか?」




 アマネの体が固まった。




「…………は? え? なんで? そ、そんな話してた?」




 意味が分からなかった。問われたバグぴは何を問われているのかわからないようで、部屋を沈黙が一瞬走る。だが、どこか重々しい口調になったピアがそれを打ち破る。


「バグぴさん、どうしてそう思ったのですか?」


 対するバグぴは、昨日の夕飯の献立を語るように軽々しい。


「そりゃ物理法則ガン無視の光の魔法があるなら、蘇生の魔法だってあるんじゃないの? 国が絡んでて、僕みたいな若者を使ってるってことは、倫理を踏み越える、踏み越えられる、踏み越えなきゃいけない理由があるってことで……ってそんなことやってる場合じゃないんだ次だ次だ! ピア、光の呪文が使えたってことは、僕が今詠唱ひねり出せば水を出すような呪文も使えるよな!?」

「それはそうですがバグぴさん――」

「あーもー今そういうのいいから! いくぞぉ……! 流麗なる……いや、違うか、……ヌーロン、ヌーロン、アスラ=マルン……」


 実験の興奮と、新たなエルフ語詠唱に取り憑かれているバグぴを見て、アマネは呆然と、しかし、はっきり思った。




 バグぴが、羨ましい。




 彼は、どれだけ私の想像を裏切るんだろう? 驚かされすぎて、もう、何に驚けばいいのかわからなくなる。そして驚かされるたび、彼から目を離せなくなる。ずっと、ずっとそばで見ていたいと思ってしまう。ヘンな彼に、ヘンだよって言って、ヘンじゃないよと言い返されて、そんなやりとりをずっと続けたくなる。


 でも。


 世界がどうでも自分がなんでも、全部、それどころじゃないって言い切れるぐらい、夢中になれることが、バグぴにはある。


 でも、私はそうじゃない。


 いつだって目の前のことより、自分を守るのに必死で。今だってそうで、さっきだってそうで、それで、彼のことが余計に輝いて見えて。でも、いつか、いつかは――


 そう思うと心が少し、きゅん、と甘痒く痛んだ。







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