第2話 振り回されるだけの物語

 結果から言おう。なんとか間に合うことが出来た。それどころか、どうやらあの道を五分ほどで走破してしまったらしい。まあ、その代償として春とは思えないほどの汗が溢れ晴れ晴れしい入学式とは思えないほどに疲弊しているのだが。

 この程度の全力ダッシュで息が上がっているとは、俺も衰えたかもしれないな。

「ねね、君」

 先程、無事入学式を終え、今は各クラスに移動してきたところだ。これからレクリエーション? だかなんかがあるらしい。

「ねえって」

 当然であるが、周りのみんなは見たことの無い顔ばかりだ。中には中学から共に上がってきた人も居るようで、クラス内でもちらほらと会話を交わしている人達がいるのだが、大半は緊張しているのか黙りこくって机を見つめていた。若々しくて可愛いなこいつら。

「ねえって!」

 ……そろそろ反応してやることにするか。

「なんだよ、さっきから」

 俺はこのクラス……いや、この学校に知り合いなんていないので話しかけられているとは思っていなかったのだが、なぜ俺が話しかけられているのだろうか。普通話しかけられるとしても入学式から少し経ってからだろう。

「君さ。今日すごい顔で来た子だよね?」

 声のする方向に顔を向けると、そこには好奇心マシマシといった顔の少女がこちらにググイッと顔を近づけていた。

 真っ先に視界に映ったのは、日本人とは到底思えないような白く輝いて見えるほどの綺麗な金髪だった。そして、その次に人形のように整った顔が映る。どうやら、美少女と呼ばれる類の存在が声をかけていたらしい。

「……そんな凄い顔してたか?」

 そんな登校初日で興味を持たれてしまうほどの顔をしていたのだろうか。自分では全く分からなかった。

「私は神崎かんざき美月みづき。席隣らしいし、これからよろしくね」

「よろしく、神崎。俺は鳩鏡異彩だ」

 そこで、俺は疑問に思った。

 普通、最初の席というのは名簿番号……つまり、名前順になっているものではないのだろうか。俺は鳩鏡で、彼女は神崎。隣になることなんて有り得ないだろう。

「……むぅ」

 俺がその疑問を解決すべく脳の全機能をフル活用して推理している間、なぜか神崎は静かになっていたので気になってそちらを見てみると、なぜかフグのように頬を膨らませて「私とても不満ですよ」とでも言わんばかりの顔をしていた。

「なんだよ」

「私、神崎じゃないんだけど」

 いや、お前は神崎だろう。今自分で自己紹介をしたばかりではないか。

なんて心の中でツッコミをしていると、彼女は補足するかのように言葉を続けた。

「私には美月っていう自慢の両親がくれた素敵な名前があるんだけど」

 どうやら、彼女は名字ではなく下の名前で呼べと主張していたらしい。良いではないかファミリーネームでも。俺は自分の名字好きじゃないから呼ばないで欲しいんだけどさ。

「初対面だぜ?」

「関係ないよ。ほら呼んでみて。『美月ちゃん』ってさ」

「呼ばねえよ」

 初手からちゃん付けなんてハードル高すぎるだろ。アホかこいつは。

「わかったよ。美月」

 少しの間にらめっこをしていたのだが、どうやら彼女は相当意志が固いらしい。そのことを理解した俺は大きく溜息を上げて、白旗を上げるかのように彼女の名を呼んだ。

「うんっ! よろしくね、鳩くん!」

「ああ、よろしく……うん?」

 なんか、変な名前聞こえてこなかったか?

「どうしたの?」

 彼女はキョトンと小首を傾げていたが、そんな顔をしたいのは俺だ。

「今、俺ンことなんて呼んだ?」

「え? 鳩くんだけど」

「鳩くん?」

 彼女が発した名称に、ついオウム返しをしてしまった。

 今先程、心の中ではあったが名字で呼ばれたくないというような話をしたばかりなのだがな。それに変にアレンジされているし。

「……てか、お前も名字じゃねえか」

 アレンジされているため少し気づくのが遅れてしまったのだが、よく考えてみれば『鳩くん』という名称は名字から来ているではないか。俺の名に鳩なんて言葉があるのは名字だけだからな。

「気にしない気にしない」

 どうやら、彼女は結構自分を中心に物事を考えているらしい。これは育ちの問題か、それともその血筋ゆえか。……まあなんでもいい話か。

 ヘラヘラと笑い続ける彼女の顔を見て、つい大きな溜息を吐く。そんな彼女の様子から察してしまったのだが、俺は平穏な高校生活というものを送れないらしい。そのことが億劫で、再度嘆息してしまった。

 これが俺と美月がお互いのことを認識した瞬間であった。そして、長い長い物語の始まりでもある。

 いや、少しだけ訂正しよう。これはあくまでも始まりの一幕に過ぎない。そしてこれはあくまでも彼女が中心で進んでいく物語。

 そう、これはあくまでも俺が彼女に振り回され続けるだけの物語だ。

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