第3話 友人も巻き込む
「お前、ほんと災難だよな」
あれからひと月ほどが経過したある日の昼休み、俺は目の前で憐れむように俺のことを見つめる男の言葉の意図が分からなくて、俺はつい小首を傾げてしまう。
「ほら、女王様のことよ」
「ああ……」
彼から出された名を聞いて、俺は咥えていたゼリーを口から離して溜息交じりのような声を発した。
「お前、この一ヶ月で何があったよ?」
「うーん。そうだなぁ」
ぼんやりと何個かの記憶を思い起こしていく。約三十日間で起きたこと、その総数は片手の指の本数だけでなく、両手合わせても足りないくらいではないだろうか。
「まず全部活の見学に付き合わされただろ。それに帰り際に連れ去られて買い物の荷物持ちさせられたし、ああ最近は『部活作る』とか言われてメンバー集めさせられてるな」
……あれ、もしかしてだけど、これ振り回されてるってレベルじゃなくね?
「お前入学早々可哀想だな」
自分で言葉にしてみたことで現実に気づいていると、同情するような視線を送られてしまった。
「同情するなら代わりになれ」
「やなこった」
血も涙もない奴である。関わりは短いとはいえそれなりに関係を深めたと思っていたのだがな。
そういえば今更にはなるが、コイツの紹介をしよう。
こいつの名は
コイツとの関係を形容する言葉を探してみるが、ひとつも思いつかない。まあ強いて言うなら”友人”ってやつかな。
「そうだ。お前も入れよ部活」
特に従う必要もないのだが、命令に背いた場合、美月が何をしでかすのか分かったものでは無い。そのため、一応彼女の指示に従って色彩を勧誘してみることにする。
「やだよ絶対」
「でもこの学校で入りたい部活ないだろ?」
「帰宅部でいいもん」
うん、その気持ちは凄いわかる。なんなら俺もそれが良かったよ。でも謎の部活に強制的に放り込まれることになったんだよね。なんか知らんけど。
「やっほー鳩くん。何の話してるの?」
とそんな時、噂をすればというやつなのだろうか、件の女王様が現れた。
「うんや。コイツがお前の部活入りたいってさ。お前的にどう?」
そこでふと思いついた俺は彼女の方へ首を傾けながらそんなことを言ってみた。
「ちょおま! 俺はそんなことッ──」
「ほんとに!? やったぁ!!」
急いで訂正しようとした色彩だったのだが、どうやら彼女の耳には既に彼の言葉なんて入っていなかった。
「鳩くんもたまにはやるじゃん!」
「たまにってなんだよ」
彼女のその言葉につい反応してしまう。
全く、たまにとはなんだ。俺は常にやる男であろう。
「おいおい、俺の話は?」
「悪いな。付き合ってくれ」
色彩には気の毒だが、彼にも我らが女王様の
「……お前さぁ」
呆れたように溜息を吐きながら、彼は首を振った。どうやら美月の説得を諦めて俺に協力してくれるらしい。最近出会った仲であるのだが、彼は優しい男である。
「んで、なぜ今日は教室に居るんだ?」
彼の了承を得られたので、話を女王様の方へ振ることにした。
何気にこの娘が昼放課に教室に居ることは珍しい。普段は放課の度にどこかへと姿を消しているのだが、なぜ今日は俺のもとへ来ているのか。これでは俺の唯一の平穏な時間が無いではないか。
「んー、散策終わったからね。たまには教室でご飯を食べるのも良いなって」
「て言っても、もう昼放課終わるで?」
自らの席に座った彼女に、色彩がそう告げた。俺はその言葉でふと気になったので腕に巻いた時計に視線を移す。すると、その時計の針は昼放課終了の五分前を指していた。
「ありゃ!?」
どうやら、彼女は時間の管理というものができないらしい。教室の壁にかけられた時計を見てとてもびっくりしていた。
「もう食わん方が良いんじゃねえの。次体育だし、腹痛めるぞ」
個人的に最も嫌っている現象なのだが、なぜ人は食後に運動をするとお腹が痛くなるのだろうか。すぐに消化されれば良いのに。
「そうもいかないよ。お昼食べないと午後耐えられないじゃない」
……いや、ではなぜ今までの時間で大人しく飯を食べていなかったんだ。アホかこいつ。
「吐かないようにな?」
相手が女王様だろうと、心優しき男である色彩は心配するような顔をした。
それから、彼女は時間ギリギリまで弁当を口に放り込んでいく。既に体操服に着替えているため、予鈴が鳴るその時まで彼女は食べ続けていた。
それなのに体育の時間は平気な顔で動き回っていたので、コイツの腹はどうなっているんだ、と疑問に思ったことは心の内に留めておくことにしよう。
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