パート8: 初めての野宿と使えないスキル?
王都の門を抜けてしばらく、俺は暗い街道らしき道をひたすら歩いていた。
背後の王都の灯りはもう見えない。周囲は完全な闇と静寂に包まれていた。
(さて…どっちへ行くべきか)
立ち止まり、空を見上げる。
満天の星空が広がっていた。王都の明るさがない分、星の数は圧倒的に多い。
前世で覚えた星座の知識を頼りに、北を示す星を探す。
(あれが…北極星、っぽいか? この世界でも同じ位置にあるのか? 分からん…)
確信はない。だが、今は勘に頼るしかない。
「まあ、大体こっちだろう…」と、なんとなく北東と思われる方角へ再び歩き出した。
歩きながら、布袋に残っていた硬いパンをかじる。
ボソボソとした食感と、味のない粉の塊。それでも、空腹は多少紛れた。
水も少しだけ飲む。残りは大切にしないと。
足が重い。体はとっくに限界を超えているはずだ。
王都から少しでも離れたい、その一心だけで足を前に進めていた。
孤独感がじわじわと心を蝕む。
ふと、あの忌々しいスキルのことを思い出した。
【万能治癒】。
(本当に何の役にも立たないのか…? 回復、回復、ねえ…)
ただ怪我を治すだけなら、確かに今の状況ではあまり意味がないかもしれない。
だが、「万能」という言葉が引っかかる。
(いや、待てよ。怪我や病気を治せるってことは…毒とかにも効いたりするのか?)
これから始まるであろうサバイバル生活。
野宿をするなら、毒虫や毒蛇に遭遇する可能性だってある。毒キノコや腐った水を口にしてしまうかもしれない。
そういう危険に対して、このスキルが有効なら…?
(食中毒とかも、治せるならありがたいか…? そういう意味では、無いよりはマシ…なのかもしれないな)
ほんの少しだけ、スキルに対する見方が変わった。
まあ、それでもやっぱり、物が作れたり、火を起こせたりするスキルの方が、今の俺には何倍も魅力的だったが。
(ああ、やっぱり工作スキルが欲しかった…!)
不満を胸に抱えながら歩き続けていると、さすがに体力の限界が来た。
視界がかすみ、足がもつれる。
(もう無理だ…今日はここまでだな)
街道から少し脇に逸れ、身を隠せそうな森の茂みを探す。
開けた場所は危険だ。かといって、森の奥深くに入るのも怖い。
結局、街道から少し離れた、手頃な大きさの木の根元にある茂みを選んだ。
さて、寝床だが…。
当然、テントも寝袋もない。
俺にできることと言えば、地面に落ちている枯れ葉をかき集めて、少しでも地面の冷たさと硬さを和らげることくらいだった。
(気休めにもならんな…)
火を起こす道具もないため、暖を取ることもできない。
夜風が容赦なく体温を奪っていく。予想以上に寒い。
集めた落ち葉の上に横になり、布袋を枕代わりにする。
支給された硬いパンの最後のひとかけらを食べ、残りの水を少し飲んだ。
目を閉じても、なかなか眠れない。
暗闇に耳を澄ますと、様々な音が聞こえてくる。
名前も知らない虫の鳴き声。風が木々を揺らす音。
そして、時折、遠くでガサリと何かが動くような物音。
(獣か…?)
その度に、心臓が跳ねる。
不安と寒さで、体はガタガタと震えていた。
(クソ…なんで俺がこんな目に…)
数時間前まで、俺は公爵家の次男として、ふかふかの天蓋付きベッドで寝ていたのだ。
それが今や、冷たい地面の上で、虫や獣に怯えながら夜を明かそうとしている。
この落差に、惨めさと悔しさで涙が出そうになった。
(いや、泣いてどうなる…寝ないと、明日のための体力が…)
自分に言い聞かせ、無理やり思考を停止させる。
幸い、今日一日の精神的、肉体的疲労は凄まじかった。
不快な環境と不安の中でも、俺の意識は徐々に薄れていき、いつしか浅い眠りへと落ちていった。
アルト・フォン・アストレアとしての、そして転生者としての、最初の過酷な夜が始まった。
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