パート7: 夜陰と門と自由への道
夜が深まり、王都の裏通りから人々の気配がほとんど消えた頃、俺はようやく物陰から這い出した。
遠くで、衛兵の鎧が擦れる音や、硬い靴音が響くことがある。その度に俺は息を潜め、闇に溶け込むように身を隠した。
(行くか…)
意を決し、俺は行動を開始した。
目指すは、王都の外れにある、比較的警備が緩やかだと聞いたことがある門だ。
たしか、貧民街に近い、荷物の搬入などに使われることが多い小さな門だったはずだ。
昼間とは全く違う、夜の王都は不気味なほど静かだった。
月明かりだけが頼りだが、建物の影は濃く、どこに危険が潜んでいるか分からない。
俺は壁際を伝い、可能な限り物音を立てないように、慎重に、しかし早足で進んだ。
しばらく歩くと、目的の門が見えてきた。
思った通り、王宮近くの壮麗な門とは違い、小さく、古びている。
門自体は閉まっているように見えるが、脇にある通用口のような場所から、まだ時折、人の出入りがあるようだった。そして、その脇には槍を持った門番が二人、立っているのが見えた。
(門番がいるか…やっぱりな)
緊張が走る。
追放された罪人である俺が、堂々とここを通り抜けられるだろうか?
もし顔を見られて、アルト・フォン・アストレアだと気づかれたら?
面倒なことになるのは間違いない。
(銅貨は残り2枚…賄賂にもならん。どうする?)
観察していると、門番は通行人一人ひとりに何か尋ねているわけではないようだ。
身なりの汚い者たちが通り過ぎるのを、ただぼんやりと眺めているように見える。
だが、油断はできない。
(…よし、他の連中に紛れて、顔を隠して通り抜けるしかねえ)
俺は深呼吸を一つして、ちょうど門へ向かっていた数人の貧しい身なりの人々の後ろについた。
布袋を抱え込み、俯き加減に、足早に。
頼む、気づくな。何も聞くな。
門番の前を通過する瞬間。
心臓が早鐘のように打つ。
門番の一人が、ちらりと俺に視線を向けた気がした。
その視線が、俺の顔を探るように動いた、ような気がした。
(ヤバいか!?)
だが、門番は特に何も言わず、すぐに視線を外した。
俺のみすぼらしい格好を見て、特に気にする必要もない、ただの貧民だと判断したのかもしれない。
俺は足を止めずに、そのまま門の外へと歩き出した。
数歩進んでから、ようやく足を止め、振り返る。
暗闇の中に、王都の分厚い城壁と、今くぐり抜けてきた門がそびえ立っていた。
月明かりが、その無機質な石壁をぼんやりと照らしている。
(…出られた)
ようやく、あの息苦しい王都から抜け出すことができた。
ほんのわずかな安堵感が胸に広がる。
だが、それも束の間だった。
目の前に広がるのは、どこまでも続くかのような暗い道と、見慣れない荒野。
自由になった実感よりも、これからどうやって生きていくのかという、途方もない不安の方が大きい。
(さて…どっちが北東だったか…)
方角を知る手がかりは何もない。
風の向き? 星の位置? 前世の知識が役に立つか?
いや、まずはこの場を離れるのが先決だ。
俺は王都に背を向け、街道らしき暗い道を、ただひたすらに歩き始めた。
自由への第一歩は、あまりにも心細く、不確かなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます