パート6: 銅貨とパンと北東への道

汚い路地裏を抜けると、少しだけ開けた場所に出た。

市場の裏手、といったところだろうか。腐った野菜の匂いや家畜の糞尿の匂い、そして様々な食べ物の匂いが混じり合って、強烈な悪臭を放っている。


(うへぇ、鼻が曲がりそうだ…)


だが、匂いに顔を顰めながらも、俺は露店が並ぶ一角へと足を向けた。

目的は食料の確保。手持ちは銅貨5枚。これで買える、一番腹持ちのいいものを探す。


露店を覗きながら歩く。

果物屋、干し肉屋、得体の知れない串焼き屋…。どれも今の俺には手が出そうにない値段だ。


「おい、そこの兄ちゃん! 安いよ、見てきな!」


威勢のいい声に呼び止められる。

だが、俺のみすぼらしい格好を見ると、途端に興味を失ったように顔を背ける商人もいた。

逆に、しつこく声をかけてくる者もいる。値切りを試みようとしたが、鼻で笑われるか、ふっかけられるか。


(チッ、こいつら…俺の足元見やがって…!)


昔の俺なら、こんな無礼な商人、衛兵に突き出していたかもしれない。

だが、今は俺の方が圧倒的に立場が弱い。悔しいが、耐えるしかない。

元貴族のプライドが、じわりと傷つけられるのを感じた。


しばらく歩き回り、ようやく手頃な店を見つけた。

古びた台の上に、様々な種類のパンを並べただけの小さな露店だ。


「このパン、いくらだ?」


俺は、並んでいる中で一番安そうで、かつ支給された黒パンよりは少しマシに見えるものを指差した。


「あいよ、そいつは銅貨3枚だ」


無愛想な店主が答える。

銅貨3枚か…。手持ちの半分以上が消えるが、仕方ない。

俺は懐から銅貨を3枚取り出し、店主に渡した。


「それと、ついでに聞きたいんだが、辺境へ行くにはどっちへ向かえばいい?」


パンを受け取りながら尋ねると、店主は面倒くさそうに顎で北東の方向をしゃくった。


「辺境なら北東だよ。だが、ずいぶんと遠いし、物騒な場所だ。あんたみたいなのが行くところじゃねえぞ」


「…そうか。どうも」


それ以上の情報は得られそうにない。

情報料としては高いパンになったな、と内心で毒づきながら、俺はその場を離れた。


残り銅貨2枚。心許ないにも程がある。

近くに共同の井戸があったので、そこで水袋に水を満タンに補充した。水がタダなのはありがたい。


食料と水は確保できた。

あとは、食べる場所だ。こんな人目のある場所で食べるわけにはいかない。

俺は再び人気のない路地裏を探し、薄汚れた壁にもたれかかって腰を下ろした。


布袋から、さっき買ったパンを取り出す。

硬い。支給された黒パンよりはマシだが、それでも顎が疲れそうだ。

味は…ほとんどない。パサパサしていて、喉につかえる。水で流し込みながら、ゆっくりと咀嚼した。


(銅貨3枚でこれか…。味気ねえな。でも、腹は膨れたか)


空腹が満たされると、少しだけ思考がクリアになる。

だが、同時に今後の不安も増してきた。


(残り銅貨2枚じゃ、もう何もできん。今夜は野宿確定だな。参ったな、本当にどうすんだ?)


辺境は北東。遠くて危ない、か。

まあ、そうだろう。だからこそ、追放先として選ばれたんだろうし、逆に言えば、そこまで行けば王都の追っ手も来ないかもしれない。


(俺にとっては好都合だが…問題は、どうやって辿り着くか、だ)


金も、まともな装備も、地図すらない。

完全に詰んでいる気がするが、それでも行くしかないのだ。


パンを食べ終え、水袋の水を一口飲む。

西の空が、少しずつ赤く染まり始めていた。夜が近い。


(よし、そろそろ移動するか)


俺は立ち上がり、服についた埃を払った。

目指すは、王都を囲む城壁。その中でも、比較的監視が手薄そうな場所。

夜の闇に紛れて、この息苦しい王都から脱出するのだ。


俺は、夕暮れの光が差し込む裏通りを、再び歩き始めた。

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