パート5: 現実とスキルと最低限の計画

裏通りを歩きながら、俺は必死に人目を避けていた。

さっきまでの貴族服では目立ちすぎる。今は一刻も早く着替える必要があった。


道の脇にあった、さらに狭く、ゴミの山が積み上がった悪臭漂う路地裏に滑り込む。


(クソッ…こんな場所、昔なら鼻をつまんで通り過ぎるどころか、近づきもしなかったのに…)


惨めな気持ちを押し殺し、俺は布袋から支給された平民服を取り出した。

ゴワゴワした手触りの、薄汚れたシャツとズボン。お世辞にも綺麗とは言えない。

だが、文句は言えない。これが今の俺の身分相応の服なのだろう。


手早く貴族服を脱ぎ捨て、平民服に着替える。

サイズはまあまあ合っているが、肌触りは最悪だ。

脱いだ豪奢な上着やズボンは、一瞬、捨ててしまおうかと思ったが、もしかしたら後で何かの役に立つかもしれないと思い直し、無理やり布袋に押し込んだ。袋がパンパンになった。


みすぼらしい格好になった自分を見て、再びため息が出る。

だが、動きやすいのは確かだ。これで少しは目立たなくなっただろう。


落ち着いたところで、改めて布袋の中身を確認する。

銅貨が…5枚。これで何が買える? 安宿に泊まれるか? いや、無理だろう。

パンは二つあるが、指で押してみると石のように硬い。水に浸さないと食えたもんじゃないかもしれない。

水袋の中身は…幸い、まだ半分ほどは入っている。


(これだけで、どうやって辺境まで行けと…?)


地図すらないのだ。方向すら定かではない。

絶望的な気分に打ちのめされそうになる。


そこで、ふと思い出した。

そうだ、俺にはスキルがあるんだった。


(【万能治癒】…だったか)


天界のミスで押し付けられた、回復系のスキル。

万能、なんて大層な名前がついているが、所詮は回復だろう。


(いらねぇ……)


心の底からそう思った。

怪我や病気を治せる? それがどうした。

腹の足しにもならないし、金を稼げるわけでもない。戦闘で役立つわけでもない。

貴族の社交界ならともかく、これからサバイバル生活を送ろうという俺にとって、優先度は最低だ。


(ああ、なんで工作スキルじゃないんだよ…!)


工作スキルがあれば、何か道具を作って売ったり、狩りの罠を作ったり、最低限の寝床を確保するための小屋を建てたりもできたかもしれないのに!

それこそ、辺境でのスローライフにうってつけのスキルだったはずだ。


(あの悪役令嬢希望の女め…俺のスキルを返しやがれ…!)


まあ、今さら嘆いても仕方がない。

無いものねだりよりも、今あるものでどうにかするしかない。


(今後の行動…目標は、辺境だ。俺を誰も知らない場所で、静かに暮らす)


そのためには、まずこの王都を脱出しなければならない。

追放されたばかりの俺がウロウロしていれば、衛兵に見つかる可能性が高い。捕まれば、さらに面倒なことになるだろう。


(とにかく、今は目立たずに王都を出るのが最優先だ。追放された俺が、この王都やその近辺に長居するのは危険すぎる。今日のあの仕打ちを考えれば、衛兵に見つかったりしたら今度こそ何をされるか分かったもんじゃない。一刻も早く、辺境へ高飛びしないと)


そのためには、まず腹ごしらえと情報収集が必要だ。

金がないのが致命的だが、この銅貨5枚を有効活用するしかない。


俺はひとまずの行動方針を決めた。


「…まずは、腹ごしらえと情報収集か。この銅貨で何か食えるものを買って、できれば辺境へ向かう街道の情報も手に入れたい。動き出すのは、人目が少なくなる夜がいいだろうな」


そう呟き、俺は布袋を肩にかけ直し、再び薄暗い裏通りへと足を踏み出した。

まずは、この銅貨で買える一番腹持ちの良い食べ物を探すことから始めなければ。

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