パート4: 全てを失って

謁見の間を出ると、待っていたのは数人の衛兵だった。

彼らは無言で俺を取り囲み、歩き出すように促す。どこへ連れて行く気だ?


豪華な絨毯が敷かれた廊下を歩く。

すれ違う官吏や侍女たちが、ちらちらと俺に視線を向ける。

好奇心、侮蔑、あるいは無関心。中には、小さく囁き合う者たちもいる。

見せ物じゃないんだぞ、クソが。


(せめて、屋敷には寄らせてくれるんだろうな? 王都にあるアストレアの屋敷だ。着替えとか、いくらかの金とか…)


そんな最低限の期待を抱いていたが、衛兵たちは俺をどんどん裏手の方へと連れて行く。

装飾は質素になり、人通りもまばらになっていく。

明らかに、屋敷のある方向とは違う。


「おい、どこへ行く気だ? 俺の屋敷はこっちじゃないぞ」


思わず声を上げると、隣を歩いていた衛兵が、感情の無い声で答えた。


「貴様の屋敷へ寄る許可は出ていない。アストレア家の財産は全て没収された。追放者は速やかに王宮及び王都から立ち去るように、とのご命令だ」


「は!? 屋敷もダメかよ!? 家財没収って…俺の私物も全部か!?」


俺は愕然とした。

家が、無い? 俺の部屋にあった服も、金も、思い出の品も、全て取り上げられたというのか?

今着ているこの貴族服以外、何も持たずに放り出される。本気で、何もかも。


(マジでゼロからのスタートかよ…いや、この動きにくい服じゃマイナススタートだ! こんな格好で、どうやって辺境まで行けって言うんだよ! その前に野垂れ死ぬぞ!)


だが、俺の絶望的な抗議は完全に無視された。

衛兵たちは俺を急かし、王宮の最も端にある、古びた鉄の裏門へと連れてきた。

そこでは、別の衛兵が一人、粗末な布袋を持って待っていた。


「追放者への施しだ」


待っていた衛兵は、袋の中身を無造作に見せながら言った。

中には、ヨレヨレになった平民の服が一式。数えるほどしかない銅貨。手のひらサイズの硬そうな黒パンが二つ。そして、小さな水袋。


「これを持って失せろ」


…これが、施し?

馬鹿にしているのか。公爵家の次男だった男への扱いがこれか。

昔の俺なら、間違いなくこの袋を地面に叩きつけていただろう。


だが、今の俺にはそんな気力も、そして、そんな資格もない。

これが現実なのだ。受け入れるしかない。


俺は、無言で布袋を受け取った。思ったより軽い。これが今の俺の全財産。


ギィィ…と、重い金属が擦れる音を立てて、門番が鉄の扉を内側へ開けた。

門の外には、王都の華やかな大通りとはまるで違う、薄暗く、埃っぽい裏通りが見えた。

鼻をつくのは、生活排水とゴミの匂い。


「行け」


衛兵の一人が、俺の背中を軽く、しかし有無を言わさぬ力で押した。

よろめきながら、俺は一歩、門の外へ踏み出す。

そこはもう、俺が知っていた王都の景色ではなかった。


「二度と王都の土を踏むなよ」


背後で、衛兵の吐き捨てるような声が聞こえた。


直後、ゴウンッ!! という重く鈍い音と共に、鉄の扉が閉ざされた。

その音は、俺の世界が完全に変わってしまったことを告げていた。


俺は一人、汚れた裏通りに立ち尽くす。

手には、軽い布袋が一つ。

これが今の俺の全て。


高い塀に遮られて、空は僅かしか見えない。

俺は、その小さな空を見上げ、深いため息をついた。


「…さて、どうすっかな…」


家も金も、身分も失った。

絶望的な状況だが、生き延びなければならない。

あの天界のクソ野郎どもに、そして俺を追放した奴らに、一矢報いるためにも。


まずは、この目立つ貴族服をどうにかしないと…。

俺は布袋の中身を確かめながら、人気のない路地を探して歩き始めた。

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