パート3: 絶望と反骨

膝をついたまま、俺は震えていた。

怒りなのか、屈辱なのか、あるいは絶望なのか。

自分でもよく分からない感情が、腹の底でぐちゃぐちゃに渦巻いている。


(ふざけるな…! 俺の人生を返しやがれ、クソ天界どもが…!)


心の内でどれだけ叫んでも、現実は変わらない。

周囲からは、好奇と侮蔑の視線が突き刺さる。

ひそひそと囁く声も聞こえてくる。


「アルト様も、これで終わりだな…」

「まあ、日頃の行いを考えれば自業自得だろう」

「アストレア家も地に落ちたものだ…」


うるさい。うるさい。うるさい!

黙れよ、お前らに関係ないだろうが!


俺は、怒りに任せて顔を上げた。

きっと、ひどい顔をしていたのだろう。憎悪に燃える俺の視線を受けて、玉座に座る王太子エリックが一瞬、怯んだように見えた。


だが、それだけだった。

何を言っても無駄だ。この状況は覆らない。

悪役令息アルト・フォン・アストレアは、断罪され、追放される。それが、このクソみたいなゲームのシナリオなんだろう。


ふ、と力が抜けた。

諦めに似た感情が、怒りを上回っていく。


(…ああ、そうだよ。もうどうにでもなれ)


俺のそんな内心の変化を読み取ったのか、あるいは単に俺の態度が気に食わなかったのか。

王太子はすぐに威厳を取り戻すと、冷え冷えとした声で言い放った。


「アルト・フォン・アストレア、処分は覆らぬ。即刻、王宮より立ち去れい! 二度とその敷居を跨ぐことは許さん!」


まるでゴミでも追い払うかのような口調だった。

その言葉を合図に、両脇から屈強な衛兵が二人近づいてきて、俺の腕を取ろうとした。


「さあ、立て」


その無機質な声と、有無を言わさず掴みかかろうとする手に、俺の中に残っていた最後の何かが、カッと燃え上がった。


「……触るな!」


俺は、衛兵の手を乱暴に振り払った。

驚いたように衛兵が手を止める。


「自分で歩ける」


低く、吐き捨てるように言う。

そうだ。たとえ追放されようとも、こいつらに引きずられていくのだけは御免だ。

これが、今の俺にできる、最後の意地だった。


よろめきながらも、俺は自力で立ち上がった。

足元がおぼつかない。頭もまだクラクラする。

それでも、背筋だけは無理やり伸ばした。


周囲の貴族たちの視線が、背中に突き刺さる。

ざまあみろ、と笑っている奴もいるだろう。

姉のリリアンヌは、力なくうなだれたまま、こちらを見ようともしない。

もう、どうでもいい。


俺は、謁見の間の巨大な扉へと、ふらつく足取りで歩き出した。

一歩、また一歩と、この忌々しい場所から遠ざかっていく。


(クソが…どいつもこいつも、俺を見下しやがって…)


怒りと悔しさが、再びこみ上げてくる。


(だが、覚えてろよ。俺はこんなところで見捨てられて終わるタマじゃねえ)


転生が悪役令息? スキルが【万能治癒】?

上等じゃねえか。

俺は、このクソみたいな状況でも、絶対に生き延びてやる。


(そしていつか…お前らが想像もできないような、静かで平穏な生活を手に入れてやるからな…!)


まあ、この使えない回復スキルじゃ、十中八九無理ゲーだろうけどな!

チクショウめ!


俺は心の中で悪態をつきながら、重い扉を押し開け、謁見の間を後にした。

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