母と職員

 俺が、今の俺になって一週間ほどが経った。

 この一週間の間、何があったかを簡単に話すと……物凄く有名になってしまった。

 あの胸元写真投稿を皮切りにSNSのフォロワーは既に五十万人を突破したわけだが、まだまだその流れは衰えていない。


「……凄すぎんだろ」


 俺が蒔いた種ではあるが、この世界はガチで終わってる。

 異性である女性たちからは物凄い人気者となったが、同性である男性からはまあ……全く別の生き物のように見られているようだ。

 だがしかし、これこそがある意味で俺の望んだ反逆の狼煙とも言えるだろう。


「でも本当に……男があまりにも少ないし、女性の性欲もめっちゃ強いんだなぁ」


 この世界の特徴として、男の数は本当に少ない。

 女十人に男一人……そりゃ男不足にもなるし、貴重な存在として国が諸手を挙げて保護する対象にもなっちまうな。

 結局のところ男の種がなくては女は妊娠できず、それが出来ないとなれば子を成すことは出来ないため人が減っていく……大変な世界だわ。


「そして更にあるのが、男が女に対する嫌悪感の強さ……か」


 男が女に抱く嫌悪感というのは、この世界特有の感覚のようだ。

 生物学的に証明されていることらしく、女に対して嫌悪を抱かない男というのは天文学的数字らしい。

 そう考えると、世の中のお母さんはとても辛いモノがあるだろう。

 男を産んだ時点で国からの補助金や支援を約束されるとはいえ、愛する息子が大きくなっていくにつれてまずは素っ気なくなり、次いで関係が悪化するとあってはな……。


『才人ちゃん、ちょっと入って良い?』

「? 良いよ」


 部屋の外から聞こえた声に、俺はそう返事をした。

 扉が開いて入ってきたのは二人――俺の唯一の肉親でもある母さんと、男性保護法によって派遣されている職員の女性だ。


(……バインバインの超絶美人だよなやっぱり)


 母さんもそうだが職員の女性――野山のやま美里みさとさんの二人は、グラドルでもやってんじゃないかってくらいのスタイルを誇る美人さんだ。

 おっとりとした印象の母さんと、男装が似合いそうなイケメンの美里さんが並んでいると、お似合いの夫婦のように見えなくもない。


「どうしたのさ」

「……その」

「……いえ」


 何気なしに問いかけても、二人の反応はぎこちない。

 何か用があったからこそ部屋に来たんだろうが……ただ、こんな風にオドオドされるのも分からないわけじゃない。

 何故なら以前の俺もまた、この世界を代表する男だったからだ。

 今の俺になってから世界への反逆開始と並行し、関係改善に取り組んだことでそれはもう大層驚かれた。

 俺の良い変化に対し嬉しそうにしながらも、どこか信じられないような様子だったが……まあそれがまだ上手く受け入れられないだけだな。


「母さん、それから美里さんも」

「っ……うん」

「っ……はい」

「以前の俺とは違うんだ。だからそんな風に固くならないでほしいし、緊張しないでくれよ」


 出来るだけ優しく語りかけ、母さんたちの緊張を取り除く。

 美里さんはともかく、血の繋がった家族の母さんと関係が最悪なのはどうしても避けたいし、何より俺の感覚が家族を大切にしないという考えを容認しない。


「特に母さん。母さんは俺にとって唯一の肉親で、ずっと俺の傍に居てくれた人なんだ……そりゃ酷いことを以前は言った。でも俺はもうあの時の俺じゃない……俺を育ててくれた母さんを尊敬しているし、本当に大好きなんだからな?」

「才人ちゃん……うぅ……ああぁ……っ!?」


 感動させるつもりはなかったが、母さんが涙を流して膝を突いた。

 俺はすぐに駆け寄り、母さんの肩に手を置いてその頭を胸に抱くように抱き寄せた。


「以前の俺は忘れてくれ……これからは今ここに居る俺を見てくれよ」

「才人ちゃん……っ」


 顔を上げた母さんは、頬を赤くして俺を見つめた。

 涙を流しているのでその瞳が潤んでいるのは当然だが、どこか恥ずかしそうに見つめてくるその表情が可愛いとも思える。


「美里さんもだよ。これからの俺を見ててほしい」

「っ……私も良いのでしょうか? 才人様のお傍にこれから居ても」

「もちろんだ。頭を打って意識を失ったのは俺のせいであってあなたのせいじゃない……国から何を言われても、俺のボディガードはあなた以外にあり得ない」

「才人様……っ~~!!」


 そう言うと美里さんも感極まったように泣いてしまった。

 ちなみに美里さんは俺が怪我をしたことで仕事を失う危機にあったみたいだが、当の俺が美里さんの続投を願ったことでまだ続いている。

 電話をしていた時の職員さんが妙に驚いていたが、やはり男が女を庇うという時点で天変地異のレベルなんだろうな。


(それに……やっぱ美人は笑ってなんぼっしょ!)


 母さんも美里さんも、ただでさえ見た目が良い女性たちなんだ。

 それなら泣くよりも笑ってくれていた方が嬉しいし……それに、今の俺だからこそ考えてしまうこと――何かムフフな展開だってあるかもしれないじゃないか!


(とはいえ……流石にSNSで大暴れしていることは言えないけど)


 声で分かりそうな気もするが……まあ、バレたらバレたでその時に考えれば良い。

 その時には是非とも、俺の反逆に向けた想いを聞いてもらうとしよう。



 ▼▽



「ねえ美里ちゃん」

「何でしょうか、明日奈様」


 才人の部屋を出た後、リビングに戻ったところで才人の母親である明日奈と、ボディガードの美里は向かい合っていた。

 まだ目元は泣いたせいで腫れているが、それでも二人に浮かんでいるのは輝かんばかりの笑顔である。


「才人ちゃんったら……才人ちゃんったらどうしてあんなに良い子なのかしらね!? いきなり変わってしまったのは驚いたけれど、あんなの好きにならないわけがないじゃないの!」

「本当ですよ明日奈様! 私は単なるボディガードだというのに、あそこまで考えてくださるなんて……あぁ! 一生お傍に付かせていただきたい気持ちですよ!」


 才人のことを想い、明日奈と美里は喜びを露にしていた。

 この大人二人の喜びを見ても分かるように、この世界では才人のように女性に対して優しいというのは本当に稀なことなのである。

 幼い頃の男子を相手するならばともかく、中学生以降にもなってくると本当に暴言や命令されるかでしか声をかけられない……だからこそ、彼女たちは未知に出会ったかのような感覚を抱きつつも、才人から与えられた言葉を噛み締め感動している。


「あんな……あんな風に抱きしめられたら私……もうどうすれば良いのか分からないわ。もう才人ちゃんと結婚するしかないじゃない!」

「結婚……! 確かに明日奈様でしたらその権利も……いえ、しかし母親ですし……あぁいや、って私は何を言って……!?!?」


 もう二人ともおかしくなってしまっていた。

 少々の歪んだ感情も垣間見えるが、まだ大丈夫そうである……おそらくは。


「明日奈様、才人様の変化に関しては私たちの中で留めておきましょう。もしも知られてしまえば、才人様を囲む動きが激化するかもしれません」

「そうね……分かったわ。才人ちゃんは誰にも渡さない……私だけの愛する息子なんだから」

「その意気です――私も精一杯、ご助力いたしますので」

「ありがとう美里ちゃん!」


 変化したのは才人だけではない。

 本来であればあり得ない考えを持った男に唆され、絶対に持つことがない感情へと昇華させた女二人もまた、世界からすればイレギュラーだ。

 世界に対する反逆の芽は、徐々に育ちつつあるのだった。

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貞操逆転世界で彼は今日もレスバする みょん @tsukasa1992

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