第23話 おでかけ




 中間テストは滞りなく終わった。

 いつも通り平均点ちょい上ぐらいで、母さんに課された基準はクリアだ。

 仕送りもこれまで通りもらえる。


「それもこれもてんちゃんのおかげだよ」


「ん? どうしたの?」


「風邪が早く治ったのと、ノートを貸してくれたおかげで俺の成績と生活が保たれたという話」


  

 麗鷲うるわしさんの献身的な看病がなければ、風邪が長引いていて授業が遅れていただろうし、ノートがあったから二日休んでもどうにか挽回できた。



 俺は体調が回復したその日のうちに、今日の出かける約束を取り付けていたのだ。

 今日は学校が休みで、俺たちは出かけている。


 

 僕の隣を歩く麗鷲さんは、男女問わず視線を集めていた。

 涼しげでいて力強い瞳、つんと上向きの高い鼻、そして透き通るような白い肌に咲くような紅い唇。神の力作のような造形。


 

 麗鷲さんの顔の強さに負けないような、高身長で出るところ出て、引っ込むところは引っ込んでいるメリハリのあるスタイル。

 その身を包むのは黒のメッシュのニットトップスにレザーのミニスカート。

 前にみた私服と同じで、女性の強さを感じさせるようなクールでかっこいい感じ。


 雑誌や漫画から飛び出してきたような存在だ。

 

 僕はというと無難な服で、側から見ればお付きの人みたいな感じだろう。

 もはや他の人たちの目には映っていないかもしれない。



「今はどこに向かっているの?」


「もうすぐつくよ」


 

 歓楽街を抜け、人気のない雑居ビルへと足を運ぶ。

 その2階にある一室に僕らは入っていく。


 

「わぁ……かわいい」

 


 そこには様々なアイテムが陳列されていて、かわいらしい色使いでポップな装飾が施されていた。

 麗鷲さんの反応をみて得意げにいう。

 


「でしょ?」



 ここは人気の推し活ショップだ。

 缶バッジやアクリルスタンドといったキャラのグッズはなく、缶バッジのケースやアクリルスタンドの台座など、全てがそれらを装飾するためのアイテムになっている。



「こういうお店気になってたけど初めて来た。来られて嬉しい」


 

「まあ俺も数回しか来たことがないんだけど」



 この店内で男一人はハードルが高い。お客さんは中高生から大人まで年齢は様々だけど性別はほとんど女性ばかりだ。

 周りは自分の推し活に夢中で他人のことなんて見てないとは思うけど、周囲を意識してしまうのは俺の性質だから仕方ない。



 俺は目的のアイテムがある場所の前まで行く。


 

「今日はてんちゃんに、おでかけポーチをプレゼントしたくてきたんだ!」


 そして、俺は続ける。


「この前にてんちゃんはばにらちゃんを落としちゃったよね。それは付属のボールチェーンで巾着につけていたからだと思うんだ。あれって長いこと使っていたら緩くなって、衝撃受けてたりしたら簡単に取れてしまうからぬいを失くしやすいんだ。でも、これなら……」


 

 俺は持ってきた自分のぬい『九音くおん』を、サンプルのおでかけポーチに入れる。

 このおでかけポーチはただのぬいを入れるポーチじゃない。ショルダーストラップがついている。


 

「こうして体にかけることができる!」


「え、これひとつでぬいと一緒にお出かけできるってこと?」


「そう! ポーチに包まれてるから雨風も防げて汚れないんだ。それに外に出ると砂埃とかで見えないうちに汚れてたりするからね。あとショルダーストラップを外せばここのフックでカバンにつけることが出来る。ボールチェーンより安心でしょ?」


「うん! すごい!」


 

 麗鷲さんは、僕の説明を気持ち悪がることなく目を輝かせて聞いてくれる。

 話し甲斐があるし、何より楽しい。


 

「今日は看病とノートのお礼に、ばにらちゃんのサイズに合って、てんちゃんが気に入るポーチを一緒に選びたかったんだ」


「ありがとう相楽さがらくん」

 


 それから麗鷲さんはカバンからばにらちゃんを取り出して、ポーチと睨めっこをしていた。

 真剣にみつめる姿は、この店内でなければ命を狙う仕事人のような瞳の鋭さだった。


 

 それだけ本気で選んでいるんだな、ということが分かる。


 

「この色もいいし、あ、これもいい。このキラキラしてるデザインもかわいいし、トランクっぽいのもレトロでばにらちゃんに似合いそう」


 

 たくさんの色やデザインが合って悩むよね。それを悩んでいる時間が最高に楽しいんだ。


 

「相楽くん、どれがいいかな?」

 


 うーん、と俺は悩んでから、ひとつのポーチを指差す。


 

「この水色のギンガムチェックのデザインがいいんじゃないかな。ばにらちゃんのふわふわとしてかわいい感じと、この水色のリボンと似合うと思う」


 

 こういうのは俺は感覚で選ぶことができない。

 だから俺は、その選んだ理由を説明するんだけどうざくなかったかな。


 

「じゃあ、それにする」


「え、俺が選んだのでいいの?」

 

「いい。すごい言語化されて分かりやすくて納得した。それに、私も迷っていた候補のポーチだったから」


 

 麗鷲さんは嬉しそうに棚からポーチを手に取った。

 それから、他にも店内の商品をみて回る。


 

 

「服やポンチョや帽子とか色々売ってるんだね」


「最近は推し活の中でも、ぬい活の需要が高まっていてそれ用の商品が多くなってるんだ。ぬいぐるみの大きさに合わせてサイズ展開もされているよ」

 

「そうなんだ。なんだかここ相楽くんのお家みたいだね」


「いや、俺の手作り衣装よりこっちは商品だから同じにしちゃだめだよ」



 

 独学でやっているのとプロが企画して作成した製品とは違う。

 それほど俺は自惚うぬぼれてはいない。


 

 

「そうかな? 前に作ってもらった着物、売り物みたいに綺麗だった。売って欲しい人もいると思う」


「あれはてんちゃんが渡してくれた生地のおかげ」


 

 ぬいの着物なのに、本物の絹の着物生地だったから重厚感や本物感が凄かった。


 

「九音ちゃんの着物は生地が市販のものだったけどとっても良かったよ」

 

「全然及ばないよ……。でも、そういってくれて有難いよ」


「本当にすごいのに……」


 

 麗鷲さんは、なおも俺の作ったぬい服を褒めてくれる。

 友達が作ったものはよく見えるだけだろう。


 

 そしてお会計を済ませて、麗鷲さんへポーチをプレゼントする。


 

「ありがとう相楽くん。大切にするね」


 

 麗鷲さんはそのポーチを鞄へとしまおうとするので、俺はその手を静止する。


 

「てんちゃん、大切にしてくれるのは嬉しいんだけど使ってくれるともっと嬉しいな。もしてんちゃんが恥ずかしいなら……」


 

 俺は麗鷲さんにポーチを買う時に、合わせて買っていた自分のポーチに九音を入れて斜めにかけた。


 

「俺も一緒にかけるから!」


 

 恥ずかしいがここは人肌脱ぐしかない。


 

「ええ! か、かわいすぎっ……!」


 

 私もかける、と麗鷲さんは意気揚々とポーチにばにらちゃんを入れて、斜めがけした。


 

「思ったとおりかわいいね」

 


 ばにらちゃんを入れたポーチは透明なビニールで守られていて、ディスプレイされているようとっても映える。

 嬉しそうな表情が見れただけで、本当に良かった。


 

「みてみて」


 

 麗鷲さんはテンションが上がって俺に近づいて見せてくる。

 ばにらちゃんがかわいいのはもちろんなんだけど、それよりも麗鷲さんの大きな胸の谷間をショルダーストラップが走り、そのシルエットがすごく強調されている。


 

「……すごくいいね」


「だよね! 相楽くんありがとう」

 


 クールな美人の無邪気な笑顔は破壊力が抜群だった。


 

「なあなあ、あれやばくね」


「すっげえ。でけえな」


 

 二人の男性の下卑げひた声が聞こえてくる。

 男性は麗鷲さんの大きな膨らみに視線が釘付けだった。

 

 

「てんちゃん、ちょっと行こう」


 

 俺は麗鷲さんの手を掴んでその場を早足で離れる。


 

「え、え! どうしたの相楽くん」


 

 戸惑う麗鷲さんを人気のない路地裏に連れて行く。

 二人っきりになったところで俺は手を離した。


  

「ここならいいか」


「うん……いいよ」


 

 麗鷲さんはなぜか目を閉じてこっちに顔を突き出していた。

 そんな麗鷲さんに俺は告げる。


 

「てんちゃん、ポーチの斜めがけ禁止」

 

「へ?」


 

 麗鷲さんは目を開いて、呆気に取られているようだ。

 なにを言い出すかと思えばこれだもんな。仕方ない。


 

「変なこというようだけど、ポーチをそうやってかけるとてんちゃんの、……その、あれが、強調されて……他の人に沢山見られてる」


 

 俺は言葉を濁しながらもどうにか伝える。

 それから麗鷲さんは自分の胸元をみて、「あっ」と小さく声をあげ、どうなっているか気づいたようだった。


 

「だから、肩にかけて欲しいんだ」


「うん、わかった」



 麗鷲さんはポーチを斜めがけから、片方の肩にかけた。

 これでもう安心だ。


 

「そのためだけに理由も言わず強引に連れてきてごめん……。他の人に見られてるのが気になって」

 

「相楽くんは私が他の人に見られてるの嫌だったんだ?」


「……うん」


 

 嫌。これはそういう感情なんだと気づく。

 俺は自分が同じような視線を向けていたのに、他の人がそんな視線を麗鷲さんに向けていることにどうしてだろうか堪らなく嫌悪感を覚えたんだ。 


 

「そっかぁ、そうなんだぁ」



 麗鷲さんは俺のこの気持ち悪い感情を知っても、なぜか嬉しそうに「ふふ」と笑顔を浮かべていた。 



  

 それから二人で街を見て回る。

 握り拳ほどの大きさのたこ焼きを食べて、ぬいとの写真を撮ったり、他にも推し活グッズが並ぶアニメショップに行った。

 麗鷲さんとぬいとみんなで一緒に出かけてるようで歩くだけでも気分が上がる。



 

 街を歩いていると、ふと、麗鷲さんが立ち止まる。

 俺はその視線の先を追った。


 


「あの人たちの推し色コーデかわいい」



 

 そこにいたのは高校生ぐらいの二人組の女の子。

 一人は薄紫で、もう一人はオレンジ色に全身を統一していてフリルが多く付いている可愛らしいコーディネートだった。


 推し色コーデは、推しの担当カラーと同じ色にして服を着る。

 それにぬいのバッグまで色を合わせてる徹底ぶりだ。


 

「てんちゃんも着たらかわいいと思うよ?」


「か、かわいい?!」


 

 麗鷲さんはなぜかありえないことを耳にしたかのように、俺の発言を疑っている。


 

「てんちゃんはお人形さんみたいに顔が整ってるから、ふりふりでかわいいのも良いと思う」


「お人形さんみたい?!」


 

 俺の発言を、麗鷲さんは大きな声で反芻する。

 あれ、俺ってさっきからなにか間違ったこといってるかな?

 十人見れば十人が麗鷲さんのことを整っているというだろう。


 

 ちらり、と麗鷲さんは推し色コーデをしている高校生をみた。

 それから少し黙ってなにかを考えた後。

 

 

「あんなにかわいらしいのなんて、私には似合わない」



 麗鷲さんは視線を外して、前をゆく。


 

 麗鷲さんは高身長で顔立ちも綺麗というタイプだから、かっこいい服装が多いし、それが似合っている。

 だけど、きっとかわいいのも似合うと思うんだけどな……。




 


 

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