第24話 今夜は楽しもうね?



 

相楽さがらくん……」


 麗鷲うるわしさんが熱っぽく俺をみつめる。

 興奮しているのか目が爛々と輝いている。


 

「相楽くん、今夜は楽しもうね?」


 

 夜、俺の家で麗鷲さんと二人きり。 

 当然なにも起こらないはずがなく。


  

「ああ、今日に備えて準備万端だ」



 ごくっ、と俺はエナジードリンクを胃に流し込む。

 体温が上がり、なんだか元気になってきた。

 すげえな、魔剤といわれるだけのことはある。


 

「じゃあ、入れるよ」

 

「……うん」


 こくり、と麗鷲さんは静かに頷く。

 そして俺は手に持ったブルーレイディスクをプレイヤーへと入れた。

 

 これから『アスタリスク』のライブ鑑賞会スタートだ!!



 



 

 麗鷲さんにポーチを買って色々と街を回ったら夕方になっていた。


 

「てんちゃんもう帰ろうか」


「そうだね」

 


 それから俺たちは家の最寄りのスーパーに足を運んでから帰った。

 今日はポーチを買いに来ただけでなく、これから他にも予定がある。

 スーパーで食材と、エナジードリンクを買い込んで、エコバッグを手からさげる。


 

 レジ袋を買おうと思ったら、麗鷲さんがエコバッグを出してくれた。

 これまたばにらちゃんが描かれていてポップでかわいい。それを俺が持って歩いているのはどうなんだろうか。

 

 

「これからライブ鑑賞するの楽しみだよ」


「私も。やっと一緒に見られるね」


 

 この前に麗鷲さんに誘ってもらった時は、俺が咲茉えまと会う予定があったから見られなかった。その約束を果たす日だ。

 テスト期間中にできなかったことを発散するかのように今日は遊ぶぞ。


 

 家について荷物を下ろす。

 文字通り肩の荷が降りた俺は、肩や首をぐるぐると回す。


 

「荷物持ってくれてありがとう。私はこれから料理するからちょっと待っててね」

  

「いつもありがとう」


 

 麗鷲さんはエプロンをつけて、台所に立ち料理をすすめていく。

 俺は部屋からその後ろ姿を眺めながらくつろいでいた。


 

 あの日体調不良になってからというもの、麗鷲さんが晩御飯を作りにきてくれるようになった。

 俺がまた崩さないように栄養管理をするとのことだ。

 お弁当を作ってくれているのに晩御飯までとなると、本当にお世話になりっぱなしだな。

 

 

「いただきます」


 

 出来上がった料理を前に、二人で手を合わせる。

 麗鷲さんが作った晩御飯を俺だけが食べるのも変なので、麗鷲さんも一緒に食卓を囲むようになった。


 

 今日も麗鷲さんの料理は美味しい。

 味もさることながら栄養バランスも考えられていて、とても高校生の一人暮らしとは思えないほど食が充実している。


 

 ちなみに食材代は俺が出している。

 初めは麗鷲さんが家から食材を持ってくるからいいといっていたけど、金銭的な問題を抱えたくないので食材代は俺が出すことになったのだ。

 そういうのは話し合わないと後々、禍根を残すかもしれないから大切だ。


 

 もともとコンビニ飯が多かったから食費はまあまあかかっていた。それに実家から食料の仕送りもあるのでそれを使えば支出に変化はなかった。

 金銭面で変化がなくて、味と栄養が良くなるのは俺にとってメリットしかない。



「相楽くん食器買ってくれてありがとうね」


「そんな大したものじゃないよ」

 

「結構気に入ってるんだ」


 

 麗鷲さんは、茶碗とお箸を持ち、微笑みながらいう。


 

「いや、てんちゃんが俺にしてくれたことを思えばそれくらいなんてことないよ」


 

 麗鷲さんと一緒に食べることになったとき、食器類が俺一人分しかなかったので買い足した。

 ショッピングモールになどに入っている普通の家具屋さんで買った、なんの変哲もない食器。

 普段、家で使っているものはとても上等なものだろう、お弁当についてくる重箱や漆塗りのお箸を見ればわかる。

 それなのに、彼女はとても喜んでいた。


 

 買い足した新品のコップで、こくこく、と麦茶を飲む麗鷲さんをみながら思う。

 喜んでくれるのは嬉しいけど、俺としては返しきれてないんだよなあ。


 

「てんちゃん俺が麦茶注ぐよ」


 

 せめて気遣いだけはしっかりしようと、俺は空になった麗鷲さんのコップに麦茶を注ごうとしたのだが。


 

「あっ」


「きゃっ」


 

 蓋を捻って小さな注ぎ口からお茶が出る構造のポットの、蓋が丸ごと外れて、麦茶を麗鷲さんにぶちまけてしまう。


 

「ごめん!」


 

 くっ、慣れないことをしたからだ。

 気遣いどころか迷惑をかけてるじゃないか! これからライブ鑑賞会があるというのに!


 

「大丈夫。……でも、びしょびしょになっちゃったからお風呂借りてもいいかな?」


「もちろん、ぜひ使って使って!」



 

 そして、麗鷲さんがシャワーを浴びている中、俺はこうして食器を洗っている。

 これは麗鷲さんが料理、食器を洗うのは俺の仕事になっているというのもあるけれど、蛇口から出る水音で、お風呂場からの音を聞こえなくしている。

 その音を聞いてしまうと変なことを想像してしまうから、どうにか心を落ちつかせようと食器洗いに専念しているわけだ。


 

 俺ん家で麗鷲さんがシャワーを浴びるなんて、ばにらちゃんを洗ったときに想像していたことが現実になるなんて思ってなかった!

 しばらくして、がらら、と脱衣所の扉が開く。


  

「シャワーありがと」

 

「いやいや、元はと言えば俺が……」

 

 てんちゃんを濡らしたせいだから。そう続けようとしたのだが言葉が出てこない。


「どうしたの?」


「……ううん、なんでもない」


 

 俺は顔を逸らして答える。

 なぜなら、俺が貸したパジャマを着ている麗鷲さんがあまりにも魅力的だったからだ。

 胸元がはち切れんばかりで、下半身のラインもピッタリとしていて丸みがある。

 

 麗鷲さんは高身長だけど俺よりも身長が少し低い。

 だけど俺はガリガリの部類に入る体系で、肉付きの良い麗鷲さんが俺と同じ服を着てこんなことになるなんて思わなかった。


 

「相楽くん! 早くアスタリスクのライブ観ようよ!」


 

 俺が動揺していることなんか気にすることなく、待ちきれない様子の麗鷲さんは部屋へと戻っていく。

 ちょうど食器を洗い終えた俺も、後ろからついていく。


 



 

 そして、『アスタリスク』のライブ鑑賞会が始まった今に至る。


 アスタリスクとは7人からなる日本のアイドルグループだ。

 さまざまなジャンルのアイドルが台頭する中、王道のアイドルとして君臨し、絶大な人気を誇っている。


 

「これは去年のドームツアーのライブ映像で、この衣装と演出が神がかってすごいんだよ。わ、みんな顔が天才!」


 

 ライブが始まり、アスタリスクのセンターである明日花さんが登場する。

 麗鷲さん、いつもよりテンションが上がっていて楽しそうだ。


 

「あ、この曲は『スターレイル』だね」


 

 ぬいの服を作成しているときのお供として聴いていた曲だ。


 

「でもサブスクで聴いた時とはなんか違うね。こっちの方がより力強いというか……」

 

「そう! この曲はデビュー曲だからそれからみんなの歌声が成長してて違って聞こえるの。他にもライブだとアレンジがあって、その時しか見られないんだよ」


 ずずいっ、と麗鷲さんは俺に顔を寄せて力弁する。

 話自体は聞いててめちゃくちゃ楽しい。


 しかし、今の麗鷲さんは俺のパジャマに包まれて、ボタンがはち切れんばかりにむっちりとしているし、お風呂上がりなのもありって視覚や嗅覚から刺激がかなり強い。

 同じボディソープ使ってるはずなのになんでこんなにもいい匂いなの?!


 

 それからも興奮冷めやらぬ麗鷲さんに、曲の合間に俺は話しかける。


 

「てんちゃんの推しは誰なの?」


「そもそも箱推しではあるんだけど。最推しでいうなら久遠くおんちゃんかな」

 

「ああ、青担当の高身長の綺麗な人だよね」


 

 黒髪ストレートでクールな大人びた見た目でチーム一番の高身長でありながら実は最年少だ。

 まだ芸能界での経験が浅く不器用でも頑張っている子だ。


 

「綺麗……?」


 

 部屋の温度が急激に冷える。

 目の前の麗鷲さんのハイライトが消えている。


 

「う、うん! 歌声が綺麗な人だよね!」

 

「そっかあ……。歌声だったか。勘違いするところだった、あは」


 

 ふう、なにかを回避できた気がするぞ。


 

「相楽くんは今のところだと誰が推し?」


「うーん、俺も久遠さんかな」


「どうして?」


 

 麗鷲さんはまたもハイライトの消えた瞳でこちらを見つめる。

 ここの答え方は慎重に……。


 

「俺が作っているぬいと名前が同じで気になったんだ」


「久遠ちゃんと九音ちゃんたしかに同じだね。入り口はそういうのからでもいいからね」


 

 うんうん、と麗鷲さんは頷いている。

 本当は、クールで高身長で綺麗な麗鷲さんとどこか似ているから気になったなんて言えないな。


 

「アスタリスクって歌もダンスもいいけどそれを彩る衣装もかわいいよね」

 

「そうなの。この時の衣装もかわいいんだけど……」


 

 ライブ映像を停止して、麗鷲さんはスマホを取り出して俺に見せてくれた。


 

「やっぱりこれが一番かな。新曲『瞳の1インチ』のPVでの衣装! ふりふりしててきらきらでかわいいの。私もこんな風なの着てみたいな……。あ、いや、今のなし」


 

 麗鷲さんは俯いて顔を伏せる。

 街中で推し色コーデを見ていた時もそうだったけど、麗鷲さんは可愛らしい女の子の服装に憧れがあるみたいだ。

 でも、本人は自分の見た目では似合わないと感じている。

 その考えは早々に消えることはないだろう。


 

 だけど、俺は麗鷲さんがかわいい格好をしているのをみたくなっている。

 今日だって街ゆく高校生よりも絶対に麗鷲さんの方が似合うって内心考えていたし。


 

 

「この衣装ってさ。ぬい用の服として販売してないの?」


 

「この衣装は新曲で来たばかりだからまだ作られてないよ。そもそも、ライブ衣装のぬい服はそもそもあまりないかも……」


 

 そうか。それはいいことを聞いたぞ。

 

 






 

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