第11話『ダンジョンボス』


「ダンジョンボスって、どんなやつなんだろうね。強いってことだけは確かだろうけど」


 一週間後。

 俺は皿を拭き終えると、シエラの隣に座り込んだ。

 机の上には、俺たちが今まで探索してきた階層のマップと、その下にある未探索エリアの推測図が並べられている。


 俺たちはこの一週間、下層の探索に必要な物資やマップ、アリの育成に精を出していた。

 シエラの予測では、この次か、次の次くらいにダンジョンボスが根城を構える階層になるのだという。

 よって、探索は基本的にアリを使って慎重に行い、また消耗を避けるため、時間も最低限に絞っていた。

 

 シエラは下層のダンジョンマップを広げながら、ペンを口元に当てて考え込んだ。


「一度だけ、王国はダンジョンボスを討伐したことがあります」


「ほう」


 それはいいニュースだった。

 今まで、一度たりとも討伐例がないとなると、俺たちだけで挑むのは、あまりにも無謀な挑戦になるからだ。


 しかし、シエラは浮かない顔で続けた。


「ええ。二十年ほど前のことです。王国が総力を挙げて、ダンジョンに討伐隊を送り込みました」

 

「どんなボスだったの?」

 

 シエラは手元の地図から目を離し、記憶を辿るように遠くを見つめた。

 

「その名は剛殻重装火龍ドレイク・ジ・アダマンタイン・アーマード。全長百メートルを超える巨竜だったそうです。

 その鱗は王国最高位の魔法すら弾き返し、息一つで村を消し飛ばすほどの破壊力を持っていました」

 

「百メートル……!?」

 

 俺は思わず声を上げた。なんだその規格外サイズは。

 ていうか、この世界でもメートル使われてるんだな。

 それとも、勝手に翻訳されてるのか? わからん。

 

「はい。討伐には王国の総力を挙げた作戦が必要でした。

 二千人の兵士と、三百人の冒険者。五十人の聖騎士団、さらに王宮魔導院の最高顧問二名が派遣されたのです」


「へえ。それってどのくらいすごいの?」


「これで勝てなければ、王国は滅んだも同然と言い切れるほどの布陣です」


 そんなに。

 彼らは、まさしく背水の陣で戦いに臨んだわけだ。

 心なしか、シエラの弁にも熱が入る。

 

「それでも、勝利は容易ではありませんでした。

 討伐隊の半数以上が命を落とし、生き残った者たちも深い傷を負いました。

 魔導士の中には、あまりの魔力消費で廃人になった者もいます。

 ですが、彼らは今も救国の英雄として称えられ、記念碑にその名を刻まれています」


 シエラはとうとう身振り手振りまで交えながら、そのダンジョンボスとの戦いを解説し始めた。

 あまりに長かったので、要約すると、とにかくめちゃくちゃ苦戦したとのことらしい。

 

「――そして、最後は、先代の王自らがS級アーティファクト『屠龍剣とりゅうけんアスカロン』を手に立ち向かい、かの魔竜の心臓を貫いたのです。

 

 しかし、その代償として王は片腕を失い、生涯治らぬ呪いを受けることとなりました」

 

「どんな呪い?」


 興味本位で聞くと、シエラは恐ろしそうに身をぶるっと震わせた。

 

「まず、王の残った左腕は、竜の黒い鱗で覆われました」


「ほう」


「さらに、怒りなどの強い感情を抱くと、腕から青い炎が立ち上り、時には制御できずに暴れ出すこともあったとか」


「ほほう」


「さらに恐ろしいことに、王の心には龍の記憶や欲望が住み着き、常にそれらと戦い続ける宿命を背負ったのです……」


「ほうほう」


 なんだろう。

 ここまで聞いた限りだと、ちょっとかっこいいと思ってしまうぞ。

 俺の心の内がバレたのか、シエラがむっとしたように口を尖らせる。

 

「不謹慎ですよ、アリカ。先王は生涯この呪いに苦しんだのです」


「ご、ごめん」

 

 俺は心から反省した。

 そうだよな。こうして聞く分には厨二チックな印象が目立つだけで、実際には語り尽くせないほどの苦労があったに違いない。

 

 名誉の戦傷に憧れるなんて、俺はなんてガキなんだ。

 しゅんとしている俺に、シエラはこんこんとお説教を続けた。

 

「先王は龍の力を封じるため、腕には常に赤く染めた包帯を巻かれており、事あるごとにご自分で巻き直していたそうです。

 配下のものが手伝おうとしても『これは禁じられた力を行使せし余に与えられた、あがないの儀である』として、それを拒んだとか。なんとご立派な心がけでしょう」


 ちょっとかっこつけてない?


「それでも、酒宴や式典のたびに、力を抑えきれず、ご乱心なさることもありました。

 そんな王を気遣い、周囲は静養を勧めましたが『それでは龍の思うがまま。余は決して屈しはせぬ』と、崩御されるその日まで、一度たりとも公務をご欠席することはありませんでした。

 

 最後に出られた式典では、ご乱心のさなかにありながら、『鎮まれ、我がかいなよ……!』と言い遺し、息を引き取るそのときまで、周囲への気配りを欠かさなかったと聞いています……」

 

 やっぱりかっこつけてない?

 目尻に浮かんだ涙をぬぐい、シエラは熱っぽく締めくくった。

 

「これでわかったでしょう。ダンジョンボスが、どれほど強大で、困難な敵であったかが。

 そして、先王がいかに偉大であったかが!」


「あ、うん。よくわかった」


「そうでしょう!」


 ふんすと鼻息を荒らげるシエラ。

 ぶっちゃけ、先王のインパクトでダンジョンボスのくだりがほとんどかすんでしまった。

 人前に出るたびにご乱心して、死ぬ間際までご乱心って、絶対わざとだろ。


「で、何の話だったっけ?」


「ダンジョンボスですよ! 忘れたんですか?」


「そうだった。ここのダンジョンボスも、そんなごっつい奴なのかな?」


剛殻重装火龍ドレイク・ジ・アダマンタイン・アーマードのダンジョンは、各階層の床面積が、このダンジョンの倍以上ありましたから、その可能性は低いと思います。ですが、断言はできません」


「油断は禁物ってことね。調べてみるまでわかりませんと」


「そういうことになります」


「了解。じゃ、さっそく探索してみようか」


 俺はこの一ヶ月で育成した、自慢の子どもたちを呼び寄せた。

 クワガタアリの上位種・大鍬形蟻スタッグ・アントと、パラポネラの上位種・巨銃弾蟻マグナム・アントだ。

 

 大鍬形蟻スタッグ・アントは、進化前のクワガタアリよりも格段に視力がよく、飛翔姫蟻プリンセス・ウィング・アントの俺と変わらないほどの視界を提供してくれる。


 巨銃弾蟻マグナム・アントは、大鍬形蟻スタッグ・アントたちの護衛役だ。

 その毒針から放たれる【穿弾猛毒バレット・アンプ】は、小鬼闘将ゴブリンチャンピオン程度なら一撃でショック死させるほどの威力である。


 もちろん、大鍬形蟻スタッグ・アントにも強化された麻痺毒がある。

 この二種のアリなら、一個下の階層へ偵察に出すくらいなら楽勝だろう。


 よし、行って来い!


 フェロモンで命令を出すと、アリたちは整然と隊列を組み、隠れ家を出ていった。

 

 残った俺は、シエラと魔法で視界を共有しつつ、アリたちの様子を遠隔で見守る。

 すでに、下層への道筋はわかっているので、そこまでの道のりを一直線に……。


『よし、もうすぐだ! ここをまっすぐ行けば、奴と遭遇した場所にたどり着くぞ!』


 おや、いつぞや聞いたような声が。

 俺はその声を拾った大鍬形蟻スタッグ・アントの視界に切り替える。


 声の主は、鼻がすっかり治り、伊達男ぶりを取り戻したカインだった。

 彼の後ろには、いかめしい顔つきの冒険者たちが三人、周囲を警戒しながらついてきている。


 こいつら、もしかしなくても、俺への復讐か?

 いや、そんなことより、懸念すべきことがある。

 

「あいつ、シエラが生きてること、王国にバラしたのかな?」


 だとすると、シエラは仮にも一国の姫であり、貴重な実験体だ。

 成功するまで、延々と救援隊が送られてくるに違いない。

 面倒なことになるな、と思っていたのだが、シエラが否定した。


「いえ。それなら、冒険者ではなく聖騎士団を率いてくるはずです」


「なるほど。じゃあ、あいつらはカインが自前で雇った連中ってわけね」


「恐らくは」


 自分で言うのもなんだが、俺に太刀打ちできる冒険者を複数人動員するともなれば、かなりの出費になるはずだ。

 カイン、なかなか気合の入った男である。


『注意しろよ。アリカ——ターゲットは、A級冒険者を含む複数人を殺害し、シエラ姫を監禁している。

 なんとしても、彼女を彼奴きゃつの魔の手から解放するのだ』


 カインの警告に、冒険者の一人、でっぷりとした団子鼻の男が怪訝そうに眉をひそめるのが見えた。

 手に持ったレーダーのようなものを見ながら、何やら不審そうに仲間たちと話し合っている。


 俺は大鍬形蟻スタッグ・アントの視界を通じて、彼らの動向を注意深く観察していた。

 動きから察するに、相当な手練らしい。無闇に突っ込んでくるような素人ではなさそうだ。

 こりゃあ、厄介な連中を連れてきたものだ。


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