第12話『間違い』


 こいつら、もしかしなくても、俺への復讐か?

 いや、そんなことより、懸念すべきことがある。

 

「あいつ、シエラが生きてること、王国にバラしたのかな?」


 だとすると、シエラは仮にも一国の姫であり、貴重な実験体だ。

 成功するまで、延々と救援隊が送られてくるに違いない。

 面倒なことになるな、と思っていたのだが、シエラが否定した。


「いえ。それなら、冒険者ではなく聖騎士団を率いてくるはずです」


「なるほど。じゃあ、あいつらはカインが自前で雇った連中ってわけね」


「恐らくは」


 自分で言うのもなんだが、俺に太刀打ちできる冒険者を複数人動員するともなれば、かなりの出費になるはずだ。

 カイン、なかなか気合の入った男である。


『注意しろよ。アリカ――ターゲットは、A級冒険者を含む複数人を殺害し、シエラ姫を監禁している。

 なんとしても、彼女を彼奴きゃつの魔の手から解放するのだ』


 おいおい、ずいぶんと悪役にされてんな、俺。

 だが、カインの警告に、冒険者の一人、でっぷりとした団子鼻の男が怪訝そうに眉をひそめる。


『あん? 旦那、話がちげえじゃねえか。姫さんはそのアリカってのに殺られたはずだろ』


『俺らが受けたのはモンスターの討伐だ。人質の解放までは聞いてねえぞ』


『これは公にはできない、深いわけがあってな。今、この段階でしか伝えられなかった。

 無論、報酬は上乗せしよう。どうだ、受けてはくれないか?』


 悪びれもせずそうのたまうカインに、冒険者たちは団子鼻の男の方を見た。

 どうやら、こいつが彼らのリーダー格らしい。

 団子鼻はフンと鼻を鳴らすと、顎をしゃくってみせた。

 

『……話にならねえな。おい、お前ら。引き上げるぞ』


『うす』


『ま、待て! 話し合おう!』


『嘘つき野郎とは交渉なんざできねえ。どうしてもって言うなら、今、この場でブツを出しな。それ次第で考えてやる』


 カインは脂汗をかきながら、大慌てで懐から羊皮紙を取り出し、なにかを書きつけると、拇印を施した。


『任命証だ! お前たち全員を、聖騎士団直属の冒険者に任命する! これで、私がお前たちの後ろ盾となる! どんな問題だってもみ消してやろう!

 さらに我が領地も与える! 領民もだ! これなら文句ないだろう!?』


「最初から切り札を切ってしまいましたね」


 シエラが肩をすくめる。


「あれでは足元を見られますよ」

 

 再び、冒険者たちの目線が団子鼻に集中する。

 団子鼻は、にやりといやらしく唇を歪めた。


『秘書も欲しいなあ。俺たち一人ひとりに、とびっきりの美人を、お貴族様の中から選ばせてもらおう。もちろん、紹介してくれるよな?』


『い、いいだろう……だが、これ以上は譲歩しない!』


 そう告げると、カインは負けじと歯を見せた。


『シエラ姫が生きていることは、極秘事項だ。知られた以上、お前たちをただで帰すわけにはいかない。

 だが、私の提示した条件を口止め料として受け入れるなら、不問にしよう。どうだ?』


『…………』


 団子鼻が、考え込むように鼻に手をやる。

 カインなりに、どう交渉を進めるか、考えてはいたらしい。

 やがて、団子鼻は重々しく口を開いた。


『いいだろう。その代わり、任命証はこの場でもらう。文句はないな?』


『よし!』


 カインは喜び勇んで、任命証を人数分したためると、まとめて団子鼻に手渡した。

 団子鼻は、それらを注意深く読んでから、懐にしまう。

 鈍重な見た目に似合わず、きっちりした性格のようだ。

 

『確かに。姫さんとモンスターの討伐、引き受けようじゃねえか』


『ひゃっほう! やったなあ、ダイアの兄貴! これで俺たちも『専属』だ!」


『俺の家! 俺の秘書! うひひひ、最高だあ!』

 

『気を抜くなよ、オルタ、マシュー。ダンジョンを出るまでが任務だ』


 浮かれる子分二人を諌めつつも、団子鼻――ダイアも満足げに目を細める。

 そして、醜悪な笑い声をあげた。

 

『ハハハ! とんだ棚ぼただぜ。くたばった姫さんの護衛に感謝しなくちゃいけねえな』


『墓でもつくってやりましょうぜ。祟られちまうかもしれねえ』


『おうとも。そんで、墓石にゃこう刻むんだ。「役立たずども、ここに眠る」ってな!』


 ギリ、とシエラが奥歯を噛みしめる音が聞こえた。

 見ると、彼女の目は怒りで見開かれ、拳は固く握られていた。


「……アリカ。彼らの迎撃には、私も出ます」


 静かだが、内に激情を秘めた低い声だった。

 俺も、彼女と同じ気持ちだ。

 否定など、するはずがない。

 俺は黙ってうなずいた。


 今のシエラなら、A級冒険者にだって引けは取らないだろう。

 カードによって、いくつもの潜在能力を開花させた彼女は、もはや出会ったばかりの頃とは別人といっていい。


 と、そのときだった。


『ゲヒヒ……運がなかったな、お前ら』


 暗がりから姿を現したのは、巨大な斧を携えた、長身のゴブリン種だった。

 小鬼闘将ゴブリンチャンピオン。俺が以前倒したのとは、別個体のようだ。


『ひ、ひいい! お、お前たち! 早く倒してしまえ!』

 

 慌てふためくカインをよそに、素早く身構えるダイア一派。

 そんな彼らを、小鬼闘将ゴブリンチャンピオンが舌なめずりしながら見回す。

 

『四匹か。これで四日は美味い飯が食える……』


『どうした、ゴブリン野郎。下の階層にゃ、居場所がなくなって逃げてきたのか?』


 そんな小鬼闘将ゴブリンチャンピオンを、ダイアが余裕しゃくしゃくで挑発する。

 すると、小鬼闘将ゴブリンチャンピオンはこめかみに青筋を立てて牙をむいた。


『殺す!』


 爆ぜるように地面が砕け、一瞬でダイアに肉薄する小鬼闘将ゴブリンチャンピオン

 振り下ろされる大斧。その威力は、俺が戦った個体の斬撃をも上回るだろう。


 まともに受ければ、死は免れない一撃を、ダイアは軽々と剣でいなしてみせた。


『なっ……!?』


 小鬼闘将ゴブリンチャンピオンが驚愕に声を上げる。

 俺でさえ、あんな真似はできない。

 刮目かつもくに値する、素晴らしい剣技だ。


 流された斧が大地を砕く。

 小鬼闘将ゴブリンチャンピオンはすぐに斧を引き抜こうとしたが、すでに勝負は決していた。


『あらよっと!』


『そらよ!』


 疾風のごとき俊敏さで、小鬼闘将ゴブリンチャンピオンの側面に回り込んだオルタとマシューが、彼の両腕を斬り飛ばしたのだ。


『がっ……!』


 後ろに跳んで逃れようとした小鬼闘将ゴブリンチャンピオンに、ダイアの刃が迫る。

 

 一閃。


 切断された小鬼闘将ゴブリンチャンピオンの生首が、ダンジョンの床に転がった。

 チン、と剣を鞘に収めながら、ダイアが胴間声を轟かせる。


『これぞ我ら「鎌鼬」が奥義「烈風三連刃トライブリザードスラッシュ」! 覚えて帰ってくださいよ、旦那』

 

 俺は思わずつぶやいた。

 

「マジか」


 三人による連携とはいえ、小鬼闘将ゴブリンチャンピオンを瞬殺してみせるとは。

 隅っこで縮こまっていたカインが、無事を確認すると、飛び上がって喜んだ。

 

『よおし! よくやったぞ、お前たち! 『鎌鼬かまいたち』の異名、伊達ではないな!』


『へっ。依頼主を守るのは、冒険者として当然のことでさあ』


 自慢げに鼻をすするダイア。

 こいつ一人を相手するのもきつそうなのに、あと二人とトリオを組んで襲ってくるとなると、相当に厄介だ。

 

 しかし……。


「あれなら、なんとかなりそうだね」


「ええ」


 シエラが、決然と自らの杖を握りしめた。


 俺は大鍬形蟻スタッグ・アントの視界を切り替えながら、カインたちの動向を引き続き監視していた。

 鎌鼬の実力は確かに侮れないが、俺とシエラのコンビネーションなら対処できる範囲だ。

 問題は戦闘後の処理だろう。カインを生かしておくべきか、それとも……。


「アリカ、何を考えているんですか?」


 シエラが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「いや、戦略を練ってるだけだよ。相手は三人、しかも連携に長けている。油断は禁物だ」


「そうですね。でも、私たちなら大丈夫です」


 彼女の自信に満ちた声に、俺は頷いた。確かに、今の俺たちなら負ける気がしない。

 ただ、気になるのはカインの処遇だ。殺さないと約束したが、こいつが王国に戻れば必ず報告するだろう。

 

 ◆


「旦那。マシューの奴が痕跡を見つけました。根城まで辿れそうでさあ」


「よし、案内しろ!」


 私は意気揚々と命令した。

 あのアリカとかいう虫けらめ。

 よくも衆目の面前で恥をかかせてくれたな。

 待っていろ、これから必ず後悔させてやる!


 それにしても、この『鎌鼬』とやら、思っていた以上に優秀だ。

 しかし、優秀である以上に強欲で、隙あらばこの私にたかろうとしてくるのが気に食わない。

 

 機を見て始末せねばならんだろう。

 あとで、騎士団に掛け合っておくか。


「止まってくだせえ、兄貴! 旦那!」


 不意に、先導していたマシューが警告を発する。

 立ち止まると、物陰から待ち望んでいた人物が姿を現した。


「よう。よっぽどあの鼻が気に入ったみたいだな、カイン。今度はもっとでっかくしてやるぜ」


「ふ……そのような口を利いていられるのも今のうちだ、アリカ」


 肩口で切り揃えられた白髪に、不気味な虫の触角。

 顔の造作ぞうさくこそ整っているものの、黒い甲殻で覆われた肢体は、見ているだけで寒気がする。

 私は虫が大嫌いなのだ。


「ダイア! こいつが標的だ、やれ!」


 高らかにそう告げるが、ダイアは動かない。

 いつの間に抜いたのか、剣を構えたまま、目線だけを素早く動かしている。


「……もう一人いやす。相当ますぜ、こいつは」


「もう一人? 誰のことだ?」


 眉をひそめると、アリカのあとから、シエラ姫がおもむろに歩み出てきた。

 

「カイン。そして『鎌鼬』とやら。我が従者ベンヤミンたちを侮辱したことへの、報いを受けていただきます」


 私は思わず吹き出した。


「ふはっ! あなたが、私たちへ報い? 冗談はよしていただきたい。

 あなたのようなか弱きお方は、アリカの陰にでも隠れているのがお似合いかと」


「それはどうかな?」


「なに?」


 アリカが私の言葉を遮り、挑発的に唇を吊り上げた。


「カイン。お前、頑丈なのが取り柄なんだってな。

 ――耐久試験だ。なるべく長く保ってくれよ」


「はっ! やってみろ。言っておくが、あのような小虫の針など、今の私には通じぬ!」


「いや、今回はちょっと趣向を変えてみた。……じゃ、シエラ。お願い」


 間髪入れず、シエラ姫が杖を構える。

 なにかを察したように、ダイアが怒鳴った。


「オルタ! マシュー! 『烈風三連刃トライブリザードスラッシュ』だ――!」


 三方向に散らばったダイアたちが、一斉にシエラ姫目掛けて飛びかかる。

 だが、


 ガチン!


「なっ……!?」


 その前に、シエラ姫の前に立ちはだかったアリカが、彼らの剣を両手と右足のつま先を使って挟み止めてみせたのだ。

 信じられん! 私ですら見切れぬ斬撃だったというのに!

 

「く、クソ! 抜けねえ!」


「なんつう力だ!」

 

「ちょこざいな!」


 狼狽するマシューとオルタとは違い、ダイアはすぐに己の剣を手放すと、懐の短剣でアリカへ切り込んだ。

 しかし、その一瞬の隙に、シエラ姫が魔法を発動してしまった。


「【焦熱領域プルガトリオ】!」


 ジリ、と肌が焼ける感覚を覚え、私はとっさに防護魔法を展開した。

 直後。

 ゴオッ! とすさまじい熱波がダンジョン内を席巻する。


「「ぎゃああああ――!」」


 全身が火だるまになったマシューとオルタが、地面を転げ回る。

 彼らの皮膚が見る見るうちに焼けただれ、溶け落ちていった。


「ぐううううう……!」


 ダイアも、私と同じく防護魔法を発動していたが、距離が近い分、威力も高いのだろう。

 髪がチリチリと焦げていき、苦悶の声を上げている。


 なるほど。これほど成長していたとは、想定外だった。

 だが、この熱量では、味方のアリカも無事ではすまないはず――。


 そう思っていた私のすぐ横の壁に、ダイアの巨体が叩きつけられた。

 一瞬遅れて、大砲のような轟音が響き渡る。


「バカな……! なぜ生きている!?」


「サハラギンアリ。こいつは体の表面に生えた銀色の毛が熱を反射するおかげで、50度を超える砂漠の猛暑の中でも活動できる。

 俺の【炎熱耐性ヒート・レジスタンス】は、それをさらに進化させたスキルだ」


 見れば、パンチを放った体勢をとっているアリカの体表は、シルクのような薄い銀のオーラで覆われている。

 まずい、まずいぞ……! 

 シエラ姫だけならどうとでもなると思っていたが、これでは話が変わってしまう!


 ちら、と横目に倒れ伏すダイアを見たが、首がおかしな方向を向いたまま、ピクリとも動かない。

 

「ついでに、サハラギンアリの異名を教えてやろう――『世界最速のアリ』だ」


 瞬きをした次の瞬間には、すでにアリカは私の目前にまで迫っていた。

 両腕を、これでもかというほどに開いたアリカの左の掌が、私の腹部に添えられている。


「【砂原閃歩デザート・ステップ】」


 私は後先など一切考えず、全力で防御を固めた。

 頼む、耐えてくれ――!


解放セット――【顎砕崩拳ジョー・ブレイカー


 衝撃。

 一瞬、視界が暗転したかと思うと、巨人に蹴り飛ばされたかのような衝撃が私を襲った。

 壁に深々とめり込み、痛みとショックで身動き一つとることができない。

 

「がはっ……!」


 込み上げてきたものを吐き出すと、それは大量の真っ赤な血だった。

 それらもすべて、シエラの灼熱に晒され、一瞬で蒸発する。


 ありえない。この私が……死ぬのか?

 私は、どこで道を間違えた?


 ダイアたちを雇ったことか?

 アリカに復讐しようなどと考えたことか?


 それとも……奴に出会ったその時点で、私は詰んでいたのか?


「おお。まだ意識あるのか。タフだな」


「や……め……」


「安心しろよ。。だから――頑張れよ、カイン」


 再び、重撃が私を襲った。

 腹をぶち抜かれたような衝撃とともに、私は意識を手放した。


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TS:蟲の王最弱種族『アリ』に転生したけど進化したら最強の女王アリになったので俺だけの国をつくります~ 石田おきひと @Ishida_oki

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