第8話 限りあれば

【訳文】

 宮中では死人を出してはいけないきまりになっているので、帝は桐壺更衣をいつまでも宮中に引き止めておくことができず、お見送りさえできない心もとなさを言い様もない。とても、つやつやとして美しい人が、ひどく痩せて、とてもしみじみと悲しいことと思っていながら、言葉に出して申し上げることも出来ず、生死も分からぬほど消え入りそうな様子でいらっしゃるのを御覧になるに、帝は後先も考えることが出来ず、あらゆることを泣きながら約束し、桐壺更衣は返事をすることもできない。目を開けるのもしんどそうで、帝より一層弱々しく意識も混濁したような状態で横になっているので、帝はどうしようかと途方に暮れている。



「桐壺更衣は目を開けるのも辛いくらい弱っています」

「紫式部直筆の『源氏物語』は一巻も残ってないって知っとるか?」

「はい。現存最古の写本は百人一首の撰者でもある藤原定家のものですね」

「しかも定家本さえも「若紫」「花散里」「行幸」「柏木」「早蕨」のわずか五巻しか残ってあらへん」

「藤原定家が校訂した写本を青表紙本といいます」

「定家も紫式部本人の写本を写した訳やないから、もう紫式部本人の写本を見ることは叶わへんのや」

「定家も文筆家ですから自分で書き足したりもしていたかもしれませんしね」

「何が正しいのか分からへんけど、わいらは定家を信じて『源氏物語』を読むしかないねん」

「巻数も今では54巻と言われていますが、実は56巻説もありますよね」

「「雲隠」が一巻としてカウントされている。「若菜」がまとめて一巻としてカウントされている。「桜人」「法の師」という巻がある、やね」

「もし幻の巻があるのなら、オタクとしては読んでみたいですよね」

「また巻名がなかった説もあるで」

「菅原孝標女の『更級日記』にも「一の巻より」読み始めたとあるので巻名がなかったとも言われますね」

「菅原孝標女といえば平安時代の文学少女として有名やな」

「俺達の先輩ですね」

「大河ドラマ『光る君へ』にも最後に特別出演してたなあ」

「まさか作者本人と話せるとは思わなかったでしょうね」


                 

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