第一章 第2話 おはようが、欲しいな。2

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 我が日波里ひなみざと高校の校長室は一階にある。下足箱でスリッパに履き替え、校長室へ向かう。

 校舎は静かだ。教室は1年が1階、2年が2階、3年が3階となっているので、授業の音も届かない。理科実験室や家庭科室などは別館に固まっているから、なおさらなのかもしれない。

 ぼんやりそんな事を考えていたら、


校長室


 と、表札? 教室札?のかかった部屋に着いてしまった。扉は閉まっているので、中の様子は伺えない。

 職員室に入るのでも緊張するのに、閉ざされた校長室なんてもっと緊張するじゃないか。一度、職員室に行って──職員室も1階だ──手の空いてる先生に来てもらおうかとも思ったけど、さっき体育教師に急かされたばかりである。職員室に行ってまたどやされるよりは、さっさと中に入った方がいいだろう。怒られるのなら、回数は少ない方がいい。

 一度、深呼吸をし、ノックする。そのまま返事を待たず、扉を開ける。

「失礼しまーす」

 中には、誰もいなかった。

 脱力するのを止められない。ついでに緊張もどこかへ飛んでいってしまったようだ。

「なんなんだよ、もう……」

 こっちは体育の授業でウオーミングアップ代わりにグラウンド一周走らされ、一息つけると思ったら校長室に呼び出され、急いで来たら無人だなんて、手の込んだドッキリか嫌がらせか?

 とりあえず座って待とう、それで怒られる事もないだろうと校長室に入る。一瞬、マフィアのボスが座っているような、高そうな校長の椅子に座ってやろうかとも思ったが、大人しくソファに座って待っている事にした。

 腰を下ろすとクッション性の良さに驚く。オレ達はパイプ椅子に座って勉学に励んでいるというのに、大人ってヤツぁ。

 ガラスのテーブルには花瓶と水差しが置いてあった。花瓶に活けられた花は何なのか分からないが、なるほど、こういう部屋には花でもないと殺風景だな、と感じる。それよりも目を引いたのは水差しだ。トレイに乗ってグラスも置いてある。

「……ちょっと、頂きますね」

 水差しの水をグラスに注ぐ。水道水とはまた違った、ちょっとシロップっぽい透明度の低い色。きっと高い水なんだろう。いっただっきまーす! まったく、オレってヤツぁ。

 乾いた喉を、程よく冷えた水が潤して……

「ん!?」

 驚いた理由は2つ。美味い水と思っていたが、喉に絡みつくような粘っこさ。詰まる! と直感的に思って、行儀が悪いと思いつつ、口に含んだ水をグラスに戻す。

 もう1つの理由は、オレしかいないはずの校長室に、どこかから悲鳴が聞こえた気がしたのだ。

 

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