第2話
傷を修復したアルジエは、今度はコマンドなしで起動した。
人が目を覚ますのと変わらないそれに、ルイズの嫌悪感は増してしまう。
なるべく視界に入れないようにしながらソレアと名付けられた巨大施設に帰還するために歩いていく。
フィーは一度は少し落ち着いたものの、まだ怒りが治まらないのかやたらとアルジエを気にしている。
「あれでいて実力があるから余計に腹が立つわ」
性格、と呼ぶのが正しいのかはわからない。
言動がどうにも生意気で思わず悪態を付いてしまうほどなのに、その実力は確かなもの。
だからといって許せるかと聞かれればまた別の話になるのだが、それが歯痒くて苛立ちを加速させる。
「一体なんだったのかしら。プリズラグが羽化するのを予期していたようにしかおもえないけれど」
「……予期していた、というよりも、あれは」
フィーの言葉に返事をしながら、ルイズは首を大きく横に振って自分の考えを否定する。
言葉の先が簡単に予想できたフィーは、ルイズと一緒になって否定するように首を横に振った。
そんなことが可能なら、今までの苦労は何だったのか。
たくさん傷ついて、その中で散っていった仲間たちも少なくはない。
その命が、ただただ無駄に摩耗していったのだと証明されるなんて、そんなことがあっていいはずがないのだ。
「へえ、ここがソレアか」
アルジエは手当たり次第にそこらのものに触れながら、物珍しそうに呟いた。
それがなんだか妙に引っかかって、フィーはアルジエを振り返る。
物憂げな表情を浮かべているような気がして声をかけるのを躊躇っていると、ふとアルジエの目がフィーを捉えた。
すっと目が細められて、その顔は不快そうに歪む。
「何ジロジロ見てんだよ」
「キミ、どうして一撃でコアを破壊できたの」
その真相を知るのは怖い。
だけど、聞かずにはいられなかった。
人類にはできないことで、ヘリオスの創立メンバーの一人であり、最高の技術者でもあるオレグ・ノーヴォが創り出した存在だからこそ、それは可能なのだと。
そう言ってほしかった。
「何それ、普通にやればいいだけじゃん」
普通、というのは人によってその定義がころころと姿を形を変えるのだから、フィーの欲する回答にはほど遠い。
「何をどうするのが普通なのか、愚かな俺達にもわかるように教えてくれないか」
ルイズがたっぷりの皮肉を込めて言えば、アルジエは大きく目を見開いてからそれから得意げに胸を張った。
「それじゃあ、オレが特別に簡単なヤツらの倒し方を伝授してやる」
どこからか取り出したホワイトボードにアルジエが到底キレイとは言えない文章を書いていく。
いや、正確には文章であろうと思われる記号の羅列だ。
ボーイのみが扱う文字なのだろうか、フィーもルイズもそれを解読することはできない。
「まず、限界まで生命力を吸わせます」
「できるか!!」
思わず鋭いツッコミを入れたフィーに、アルジエは何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げてみせた。
「だって、そうじゃねえとプリズラグを羽化させられねえし。で、それから露出した核の魔力回路を解析して──」
「待って待って。生命力を吸わせないとプリズラグを羽化させられないって、プリズラグは人の生命力を吸収して成長しているってこと?」
フィーがそう問いかければ、アルジエは信じられないものを見るように目を丸くした。
「そっからなのかよ!?」
その驚愕に満ちた声は今までに聞いたどの声よりも人間のそれに近いような気がした。
「明確な敵がいて、それを殲滅しなきゃいけないのに、なんでその正体を知ろうとしないんだよ。あれは──」
「アルジエ。初任務は順調でしたか?」
「お、最高に絶好調だぜ。それにしてもよくこんなポンコツ共の元に送りやがったな、ババァ」
何か重要なことを話そうとしていたところだっただろう。
たまたま通りがかった大きな丸眼鏡が特徴的なボサボサ髪の女性がアルジエに声をかけたことで遮られる。
アルジエにとっては知った顔なのか、ソレアの内部で見知らぬ人物と遭遇したことで警戒しているフィーとルイズを置き去りにして二人は親しげな様子で談笑している。
「アルジエ。初めに言いましたよね。それは確証が持てない今は最重要機密事項ですよ」
「あー、いっけね。そういえばそうだったっけ。ババァの言うことなんていちいち覚えてないって」
「それはいけませんね。メンテナンスが必要なようです」
こちらに来なさい、歩き出した女性が言うと、アルジエは不服そうに唇を尖らせながらも大人しくその後について行った。
胸を撫で下ろしながらホッと息を吐いたフィーはルイズの顔を見上げる。
きっと同じことを思っているであろう彼に、フィーは問いかけた。
「あの人、何者?」
フィーとルイズは同じくらいの時期にヘリオスに入隊している。
故に、フィーが知らない答えをルイズが知るわけもなく、彼もまた首を傾げていた。
突如としてプリズラグが現れたその日から、混乱と恐怖で溢れかえった世界の中で戦いを続けるヘリオスに憧れ、そして自分たちも力になりたいと、そう思って入隊した二人。
入隊してから戦場に出るようになるまでの期間は決して短いものではないが、その間に創立メンバーである二人と顔を合わせたこともなければ名前を知ったのもつい最近のこと。
正直に言うなら、それどころではなかったとも言える。
現在のヘリオスには二人と同様に創立メンバーのことを深く知らないものの方が多いかも知れない。
研究者であるオレグの顔はともかくとして、自分たちのリーダーである隊長の名前すら知らないメンバーがいるというのは組織としていかがなものかと思うこともあるが、当の隊長が一切顔を見せないどころか現在の行方すらわからないのだから仕方のないことである。
「一体、どこで何してんのかしらね、我らが隊長様は」
一度、ヘリオスを創っておいて自分は戦線を離れてのんびりと暮らしているのではないか、ととんでもないことを言い出した者がいた。
その者は哀しいことに目の前で羽化したプリズラグの広範囲攻撃に巻き込まれて重傷を負い、その傷が原因でこの世を去ってしまっている。
彼の最期の言葉が、そんな恨み言だった。
「さあな。生きているのかとうに死んじまったのか。真相は俺達にはわからないが、きっと」
ルイズはどちらかと言えば、平和ボケした世界から一変したこの世界で初めに武器をとったヘリオスの創立メンバーを崇拝している。
だからこそ、現在の戦士の中でトップの実力を持ちながらも、隊長代理と呼ばれることすら烏滸がましいとそれ否定し続けてきた。
「もしかしたら、さっきの人がオレグさんだったりして」
フィーが期待を込めて言うと、ルイズは即座に首を横に振った。
「オレグさんはこのヘリオスの創立メンバーで、ソレアの最高責任者だぞ。あんなダサい女であってたまるか」
「ほんと、ルイズって夢見がち」
現実なんて意外とそんなもんなのに、と不服そうなフィーの言葉を無視して、ルイズはソレアの中心部に立つ女神の彫像を見上げた。
「ああ、きっとそうだ。オレグさんはこの女神アゼルフィーのような」
「また始まった。それ、やめてよ」
ルイズの敬愛してやまない女神と同じ名を持つフィー──アゼルフィー・フォンバットは思いっきり顔を顰めた。
人々を絶望から掬い上げ、希望の光を与える空を創り出したと言われている女神アゼルフィーのように、誰かの希望になってほしい。
そんな願いを込めて付けられた名前だが、フィー自身はあまりそれを気に入ってはいなかった。
なんというか、そんな壮大な名前なんて付けられてしまったら名前負け間違い無し。
フィーは大きなため息を吐きながら、ルイズの隣で少々恨みを込めて彫像を見上げるのだった。
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