第1話
「ストラウズトヴィアシェ」
青年と呼ぶにはまだ年若いか、変声期を迎えたばかりであろう声が苦しげに呪を唱える。
『追加コマンドの入力を確認。権限者、オレグ・ノーヴォの音声と照合します……確認できません。次いで、第二権限者、ヨージク・キンジャールの音声と照合します……確認できません。次いで、第三権限者、ルイズ・アリョーナの音声と照合します。確認完了。ルイズ・アリョーナの音声による追加コマンドの入力によりメインコアを起動します──起動に成功しました。ボディの損傷を確認します。メインボディに損傷なし。サブパーツに2.6%の熱傷を確認。メインボディの動作に不具合はありません。メインボディと付随するサブパーツの起動を開始します』
その場にいる誰もがそうと知っているため、その少年の姿を持つアルジエを人間とは異なるものと理解できる。
しかし、一見しただけではどうも区別がつかない程、その姿も仕草も人間のものと比べて遜色ないほどだった。
人間で言うところの目に当たる視認用のサブパーツで辺りの状況を確認し、アルジエが背の高い一人の少年の姿を捉える。
『第三権限者、ルイズ・アリョーナの姿を確認。起動フェーズを終了』
アルジエの唇は固く閉ざされたままで、その声がどこから聞こえてくるのかと不思議な気持ちにさせられるが、状況が悪くそれどころではない。
視認用のサブパーツにしっかりと捉えられたルイズは思わずといった様子で舌打ちをする。
「ようやくお目覚めか、人間モドキ」
ルイズが憎らしげにそう声をかけてみせると、アルジエは人間が驚いた時にそうするように大きく目を見開いてからゆっくりと瞬きをした。
そして、細く形の良い眉をぎゅっと寄せて顔をしかめてみせ、それから鼻の辺りにしわを寄せながら唇を薄く開いた。
「よくもオレを起こしやがったな、ニンゲン」
先程までの人工的な音声とは違う、わずかにノイズの混じった肉声そのものであるかのような音声で。
アルジエは命令を求めるものとは思えない悪態を吐き出した。
「……は?」
ルイズは元々
生まれつき獣の特性を持つ獣人族や高い魔力を有している長耳族などの亜人と呼ばれる人種にすらひどく差別的な彼には、生物なのかどうかすら怪しいボーイを受け入れることができなかった。
対話をするつもりなどさらさらなく、起動さえしてしまえばとっとと去ってしまおうと思っていたのに、思わず反応してしまった。
「オレを必要としてるのはそっちだろ。さっさと指示でも寄越したらどうなんだ? それとも、ニンゲン様にはそれを考えるだけのオツムもないってのか」
相手がボーイであるとかそんなこと以前に。
「なん、なんだ……妙に腹立たしい言い回しばかりをして……っ」
「言い争いなんかしている場合じゃないわよ!! あんた達にはあの
まだこちらに気付いていない様子のプリズラグを刺激してしまわないようにか、大槌を持つ女性は小さく、それでいて鋭い声を飛ばす。
ルイズは小さく舌を打ってから女性の側に歩み寄った。
プリズラグというのは世界に突如として出現した
幼虫に似た姿の時は襲いかかってくるようなこともなければ動きも遅く、そこまでの脅威ではないように思える。
しかし、羽化する前のプリズラグには一切の攻撃が通用しない。
そればかりか、ダメージを反射する性質まで持っているために迂闊に手を出すことができないのだ。
つい先日も、ルイズ達の所属している組織、ヘリオスの忠告を無視した考えなしの大馬鹿者が幼体のプリズラグに爆発魔法を放って自滅したばかりだ。
「何をちんたらしているんだ、お前たちは。あれは駆除対象だろうが」
やれやれ、と肩を竦めて首を振ったアルジエが両腕の先を短剣へと変化させる。
「ちょ、キミ」
「放っておけ、フィー。俺達が任されたのは実用性の有無を確認することであってわざわざ自滅しに行く馬鹿のお守りじゃない」
フィーと呼ばれた女性は少しだけ迷いを見せたが、すぐに気持ちを切り替えて他にプリズラグが潜んでいないか周囲の観察を再開した。
既にルイズ達の興味の外へ追いやられたことに不満げな様子を見せるでもなく、アルジエは短剣を構えた。
『領域内に複数の
澄み切った人工的な音声で紡ぎ出された言葉に、フィーがハッとして振り返る。
「今、保護対象者の該当なしって」
「とんだ暴走兵器じゃねえか」
フィーとルイズが顔を見合わせて慌て始める。
そんな様子に気付くこともなく、アルジエは一体のプリズラグに飛びかかる。
攻撃を反射する不可視のシールドに刃が届く直前。
そわそわと落ち着きがなくなっていたプリズラグが、元の体を勢いよく突き破って突然羽化したのだ。
「あぶな──」
羽化したばかりのプリズラグはそれまでの大人しさの反動のように凶暴的になり、広範囲に攻撃を仕掛けてくるのだ。
フィーが全て言い切る前に、とんでもないことが起きた。
「い、ちげ、き……?」
幼体のプリズラグほど理不尽なシールドを展開しているわけではないが、羽化して露出したプリズラグの弱点である
何度もダメージを与えて傷をつけ、そこを重点的に攻めることで破壊する。
それが今までヘリオスの戦い方だった。
「まじかよ、超絶雑魚。ニンゲンはこんなのに手こずってるわけ?」
生意気にそう言いながら、アルジエは同じ要領で次々とプリズラグの
あんぐりと口を開けたまま固まっているフィーの隣で、これまたルイズも驚愕で言葉を失ってしまっている。
両腕を人の手と変わらないパーツに変化させ、アルジエは首の後ろにそれを当てて少し首を傾げた。
「ヘリオスは精鋭部隊だって聞いてんだけどさあ。もしかしてお兄さんたちって、クソ雑魚じゃね?」
なんとかその失礼な発言に物申したいところではあるが、圧倒的な実力を見せつけられてしまってそれどころではない。
ルイズは奥歯を強く噛みしめる。
「あれ? あれあれ? もしかして何も言い返せない感じ? 雑魚ニンゲン様は大人しく引っ込んでろよ」
悔しげに俯くルイズにわざわざ歩み寄って、アルジエは顔を覗き込んでまで嘲笑を見せつけた。
「ちょっと、キミ!! そんな言い方はあんまりでしょう!!」
怒りの声を上げたフィーを一瞥すると、アルジエはますます顔を歪ませてみせる。
「こいつ以上の雑魚に言われたところで痛くも痒くもねえわ」
「お前に痛みを感じられるのか」
ようやく口を開いたルイズは低くそう呟き、そしてアルジエの頬を力の限り殴り飛ばした。
『サブパーツの破損を確認。修復作業を開始します』
コマンドを与えて起動させる前と同じように、アルジエは膝を抱えて丸くなり、ぴくりともしなくなった。
サブパーツの破損、との言葉にアルジエの顔の部分を見てみれば、柔らかそうに見える肌には似つかないヒビが入っていた。
光の粒がそのヒビの中へと入っていき、ヒビはみるみる間に塞がっていく。
その光景は回復魔法を使用した際のものにもよく似ているが、魔力を扱うことのできないルイズにとっては異質なものだった。
「……気持ち悪い」
ぽつりと漏らしたルイズに、フィーは少し哀しげに微笑んで、それから大きく伸びをした。
「全く、とんでもない問題児ね」
「
ルイズが苦い顔でそう言うと、なんだかやけにおかしく思えてしまって、フィーはくすりと笑いをこぼすのだった。
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