第2話 休み時間

 授業と授業の間には10分間の休憩時間が設けられている。

 ホームルーム終了後には、ガラの悪い男子生徒が転校生トムが座る席の周りを取り囲んだ。


「おい、転校生! 次の古文の授業の教科書忘れちまってよぉ。悪りいけど貸しちゃあくれないかなぁ」


 周りからヒソヒソ声が漏れ聞こえてくる。「あいつら授業中に教科書なんか開いてるの見たこと無いじゃんか」そんな声が溢れるなか。


「それはお困りでしょう。こちらをお使いください」

 トムは古文の教科書を取り出すと、ガラの悪い生徒に手渡した。


「おっ、おう、悪りいなぁ。授業終ったら返しにくらぁ」

 ガラの悪い男子生徒が真新しい教科書を片手に引き上げていく。

 その背中に転校生のトムは声を掛けた。

「これでわたしたちはトモダチになれたでしょうか?」


 ガラの悪い男子生徒は、その声に振り返りもしないで答えていた。

「そういう殊勝な心掛けでいりゃあ、友達なのかも知れないな」


 残ったガラの悪い男子生徒はニヤリと顔を歪ませて同じ様な口調でトムに声を掛けた。

「俺は喉が渇いたんだ。ひとっ走りジュースでも買ってきてくれないか?」

「お断りします」

「なんでだよー! さっきの松木には気前よく教科書貸してたじゃねーか」

「休み時間は授業と授業の節目の時間として存在します。その存在意義として一つには違う教科へ脳を合わせるためのインターバル時間であり、教科準備に当てる時間です。諸々の生理現象に当てても良いので、喉が渇くなら水を飲みに行くことをお勧めします」

「ふざけるなよ!」

 ガラの悪い男子生徒は転校生の胸倉を掴みかかると、その場に無理やり立たせて殴り掛かった。


バシン!

 一瞬の出来事であった。ガラの悪い男子生徒の拳はトムの両手のひらに収められていた。

「浜口君でしたね。わたしの身体の表面は生体部品で覆われていますが、中は鋼鉄製の骨格なので34パーセントの確率で右手を負傷してしまうところでした。今後は怒りに任せて殴る行為はお勧めできません」

 浜口と呼ばれたガラの悪い男子生徒は顔を真っ赤にさせながらも、仲間に目配せすると引き下がっていった。

 その背中に向けてトムは声を掛けていた。

「これでわたしたちは友達になれたでしょうか?」

 浜口くんはその声にキッと睨み付けると、そのまま自分の席に戻っていた。


 ガラの悪い一団が散っていった後に、周囲の席には本来の生徒が戻り授業の準備を始める。

 周囲の生徒はガラの悪い男子生徒の目を気にして転校生の方に顔すら向けなかった。

 そうした態度の生徒たちを見回しながらトムは思った。

(周りの生徒はなぜ声を掛けてくれないのだろうか? 行動の最適解には更なる解析を要す)


「さっき、ちょっとすごいと思った。トム君はあんなに怖い子にも毅然としていられるんだね」

 声の主を探るように見つめると、そこには隣の席に座る土岐さんが右手で口元を覆いながら声音を潜めて話しかけていた。


「怖くはありませんよ。同じクラスメートじゃないですか。機能面でも劣りそうなところは見当たりませんでした。なにか間違った回答をしたでしょうか?」

 なぜなら隣に座る土岐さんの眉根が顰められたからだ。


「ひょっとして、土岐さんにとってわたしは怖い子でしょうか?」

 トムは勇気を振り絞るように声を発した。

 暫らく辺りには授業前独特の緊張感にも似た静寂に包まれた。


 束の間の静寂を打ち破り土岐さんは言葉を選ぶように静かに言った。

「もうすぐ授業が始まるけど、机に何も用意して無いのはいけないわ」

 すると土岐さんはガタゴトと机を隣に並べると、古文の教科書を真ん中に置いた。

 そして上目遣いでトムに問い掛けた。

「これでわたしたちはお友達になれたのかしらね」

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