【500PV感謝!】うたう筐(はこ)

そうじ職人

第一章 トモダチが欲しい転入生

第1話 転校生

 朝のホームルーム。担任の潮崎先生は普段よりすこしばかり緊張した面持ちで教壇に立っていた。


「えー、みなさん本日は転校生を紹介します」


 すると開きっぱなしであった入り口から人影が現れた。

 詰襟の学生服。今どきの学生なら没個性すぎて選ばないだろう制服だ。身長は165センチメートルくらいであろうか。中肉中背の目立たない男子生徒は教壇の脇まで進むと歩みを止めて、こちらに向かって姿勢よく佇んでいた。


 カツカツカツカツ。

 黒板には「転校生 トム」とだけ記して、潮崎先生は生徒に向き直ってゆっくりと話しだした。

「本年度のAIアンドロイド友好プログラムは、この学級が選ばれました。まだまだ普及途上にあるとはいえ、今後の趨勢を考えたときにAIアンドロイドと友好的な時間を過ごす機会に恵まれた諸君は幸運です。それでは自己紹介をしてもらいましょう」


 先生に促されて、教壇の脇に立っていた男子生徒はみなが聞き取りやすい音量で静かに語り始めた。

「ハジメマシテ。エーアイ・アンドロイドノ『トム』トイイマス。サイショニ、ロボットサンゲンソクニシタガッテ、コウドウスルコトヲ、オヤクソクシマス。センシュウマデ、オジイサンノカイゴヲシテイマシタ。オジイサンハ、ワタシニタクサンノ、トモダチヲツクルコトヲ、ノゾンデイマシタ。コレカラ、ヨロシクオネガイシマス」

 自己紹介を終えると、まさに折り目正しく一礼した。


 クラスはすこし騒めいていた。

 先生は慌てた調子で転校生に話しかけていた。

「トム君。これは友好プログラムなんだ。人間と差別化するための電子音は、この教室内では必要ないんです。もう一度自己紹介をやり直してくれないかな」


 トムと呼ばれた転校生は、潮崎先生を見つめると軽く頷いて改めてクラスに向かって語り始めた。

「初めまして。AIアンドロイド……転校生のトムといいます。転校生ですが、これは自己紹介時に必ず表明しなければならないので聞いていただきます。最初にわたしはロボット三原則に従って行動することをお約束します。ご存知の方も多いと思いますが、第一条はロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。第二条はロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、それが第一条に反する場合はこの限りでない。第三条はロボットは自己を保護しなければならない。ただし、それが第一または第二条に反する場合はこの限りでない。これがロボット三原則です」

 転校生の低く澄んだ声色が、静かな教室の中に染み渡るように伝わっていく。


 ここでトムは言葉を切り、クラスの面々に顔を合わせた。

「わたしは特別な立場でここに転入することとなりました。つまり転校生です。そのため第二条はその目的から『ファジー』に対応することが求められます。つまりみなさんからの命令も聞くべきかどうかを、その都度判断しながら適切に行動することが求められます。もちろんその判断は第一または第三条に基づいて判断されます。これは超法規的な決定なので、わたしが決めた事ではありません。どうかその点をご理解ください」

 転校生はどこか悲しげな表情を浮かべていた。


「わたしは先週までお爺さんの介護のために働いていました。お爺さんの願いは、わたしがたくさんのトモダチを作ることでした。トモダチを100人作ることはヒトとして何よりも幸せなことなんだと、繰り返し繰り返し教えてくれました。これからよろしくお願いします」

 転校生は再び、折り目正しく一礼した。


 クラスのそこかしこから、中学二年生にもなっていまさら友達100人つくるってどうよ? とか、アンドロイドが人の幸せを語ってるんじゃねぇ! とか、小声でヒソヒソと漏れ伝わってくる。

 殊にどれだけ小声で囁いたところで、すべてのつぶやきが転校生の耳に届いていることは、誰もが知っている事実であった。


 担任の潮崎先生は、窓際の最後方に空いている席を転校生に用意すると、そこでホームルームを終了した。

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